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第二章 揃えない選択 2-4 二拍の余韻

朝は、問題なく始まった。 始まったことを、 誰も疑わない。 水鉢は、 今日も置かれていない。 置かれないままでも、 庭は成立する。 成立していると、 皆が扱う。 黒い布は、 昨日とほとんど同じ位置にある。 ほとんど、という言葉が 許される配置だ。 短刀は、 神木から目を逸らしたまま。 逸らしていることを、 直す項目に含めない。 紙束は、 順を確かめずに使われる。 使われるが、 不足は起きない。 弦は、 影から一歩も出ない。 だが、 その距離が 「近づかない距離」として 定義され始める。 私は、 それを命じていない。 命じていないことが、 逆に固定される。 均衡は、 保たれている。 そう報告できる。 何がどう保たれているのかを、 詳しく述べる必要はない。 述べなくても、 問題が起きていないからだ。 私は筆を取る。 今度は、書く。 書かれるのは、 変更の記録ではない。 「異常なし」 それだけで、 今日の欄は埋まる。 弦は、 それを見ない。 見ないことが、 許可されている。 神木の葉が落ちる。 一枚。 数えない。 均衡は、 続いていく。 続いている限り、 問いは生まれない。 ただ、 昨日まで「揃えるべきだったもの」が、 揃えないままで 日常に組み込まれる。 それが、 新しい前提になる。 私は庭を出る。 出るとき、 振り返らない。 振り返らないことが、 記録されない。 揃えなかった選択は、 選択として数えられないまま、 次の日へ持ち越される。 均衡は、 今日も保たれた。 そう書ける形で。

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