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第8話

 「なぁ、クレース。」  夕食時、俺は今夜空いているかをクレースに聞いた。  「今夜、ちょっと話せないか?」  「構わない。私の部屋に来ると良い。」  言われた通り、食事が終わり食後のお茶を楽しんでからクレースと共に移動した。  部屋につくなりクレースは酒にするか?と聞いてくるので、俺は賛成して適当な椅子に腰掛けた。  琥珀色の液体の入ったグラスを渡され、クレースはやはり窓際の椅子に座った。俺は、少し離れたソファーに座っている。だが、室内が静かな事。夜ともなれば、辺りが静かになる事から話すことに支障はなかった。  「お前、ずっと空を見てるな。」  「好きなんだ。」  「空が?」  「あぁ。雲は同じ形がなく、空はずっと高い。知っているか?この青い空の向こうを。」  「本の知識しかない。」  「私もだ。だが、素晴らしい世界だ。」  クレースは続けて話す。真っ暗闇に広がる星々、巨大な惑星。定義付けた人間に、是非会いたいとも。御伽噺だろうと反論すると、御伽噺でも良いと言った。  「お前、可愛いとこあるな。」  「可愛い?……幼い子に言う愛おしいと言う意味か?」  真顔で真剣に聞き返してくるクレースに、思わず笑ってしまった。  何故笑う?ときょとんとした顔をされてしまった。  「そういえば、アレクはこの先どうするのだ?」  「あー……どうしようかな。恐らく国に帰っても、戦争の旗頭にされるしなぁ。俺はもう、疲れたな。」  現実を知らず、真実を知った。どうせ俺は次男だ。兄は旅立つ前には領主として働いていた。一度手紙を出した事があるが、無理だけはするな。と返って来ただけで問題は起こって無さそうだった。  それもこれも、俺が勇者として旅立ったからというのもあるだろう。クレースも最近は、変な噂は流れて来ないと言っていたし。  「なら、ここに入ればいい。」  月を眺めていたクレースの視線が、俺に向かっていた。  「それも、いいかもしれないなぁ。」  絆されたんだろう、この王に。俺が消えても、次の勇者が現れる。なら、俺がいなくても構わないだろう。別に、婚約者がいた訳でもない。好いた女も特にいない。なら、ここに住み着いた方が得だろう。  当てどもない悩みと、酒を嗜みながら口を閉じているとクレースも静かに酒を飲み始めた。 この空気は、嫌いじゃないんだ。むしろ、居心地がいいとさえ感じる。  「なぁ。味がしないって、どんな感じなんだ?」  「どんな……空気の塊を噛んでいるような感じだ。」  「ふぅん。なんか、ヤダなそれ。」  「産まれ落ちてから、そうなのだ。もう、慣れた。」  「お前は、俺を食ってみたいのか?」  「否定したら嘘になるが、命を奪ってまで喰らう様な考えはしていない。」  目と目が合う。嘘はつかないのは分かっているが、また別問題だ。だが、俺は今日決心をして、ここにいる。 俺は、自分の歯で自分の親指を噛みきった。  クレースの目が見開かれる。  「思った通りだ。」  軟禁状態からずっと、手枷足枷はつけたままだった。神の加護とはいえ、効力は減るだろうと思っていたがその通りだった。  いつもならすぐ消えてしまう傷も、少し疼くが残っている。というか、治りに時間がかかるだけの様だ。 俺は立ち上がり、座るクレースの目の前に立つ。  同じ所を、噛みちぎる。  「アレク……」  「舐めろ。」  俺がそう言うと、クレースは一度断った。  ぶつり。もう一度噛み切った。  クレースの唇に押し付けた。温かく、柔らかい。  真っ赤な舌が、真っ赤な俺の血を舐める。  「……これが……甘いと言うことか……」  「美味いか?」  「美味い。」  大きく見開かれたクレースの目は、まるで、小さな子供の様にキラキラと輝いていた。  そして俺は、この日から魔王城で暮らすようになった。  同時に、クレースとの就寝前の一杯を酌み交わすようになった。 ***  あれが、甘露と言うものなのだろうか。  真っ赤な血液。ただ、一雫だというのに。あの時感じた衝撃が、己の口内と脳髄を刺激した。  そして、初めて欲情というのを知った。  ただ、処理として。経験として。セディに言われるがまま、サキュバスの数人と一晩過ごした事はあるが、それ以上の欲という感覚を己に感じた。  食欲、性欲、睡眠欲が人間にあると書物で読んだ。初めは人間を知る為に、身体構造を調べていた後だった。 三大欲求とはよく言ったものだと感心した。確かに人間や、我々魔族や亜人は欲というものに興味を示し貪欲になるな。と。だから怠惰な者が出てきたり、サキュバスやインキュバスが産まれ生きていけるのか。と。  改めてその事を思い返しながら考えると、これが性欲というのか。と思った。  性欲の発散の仕方も、教わってはいた。1人になれる空間で、する様言われてもいた。まるで、己が子供になったようだと思いもしたが発散はしないといけない。  深夜、絵本の文章をある程度終わらせてから、初めて一人で処理をしてみる。 脳裏に過ぎるのは、アレクの顔。声。あの血の香りと、味。  なんて甘美なのだろう。  呆気なく果ててしまった。  セディを呼ぶための鈴を鳴らす。  影が盛り上がる様に、セディが扉を開き入ってきた。  「いかがされましたか?」  「初めて、性欲を知った。とりあえず片付けをして欲しい。」  ちらりとセディの視線が私の股間の方に流れ、微笑み礼をした。  「かしこまりました。」  手馴れた様子で片付けをしながら、私に今後はどうすればいいかを教えてくれた。  「まるで、私は小さな子供の様だな。」  「恐れながら、セディからしたら魔王様はまだ子供の様なものですよ。」  気にするな。誰でも初めてはある。そうセディは言った。今後はここまでやってくれたら、後の片付けはメイドにも出来るとも。  「女性が見ても良いのか?」  「ここまで片付けをご自身でされるのでしたら、問題ないでしょう。気になる様でしたら、またセディをお呼び下さい。」  「分かった。」  「魔王様。」  「なんだ?」  「勇者様でしょうか?」  「そうだ。先程、血を一滴貰った。」 私は素直に頷き、血を貰った事を伝えた。  「いかがでしたか?」  「あれが甘露というものか。と思った。」  「それはそれは。よおございました。」  微笑みを浮かべるセディに、私はなんとも言えない戸惑いを感じた。  「君達は、何も思わないのか?一応は、敵国の勇者だが。」  「思わないと言えば、嘘になりましょう。ですが、私達従僕やメイド達は魔王様の下僕。逆らいません。それに、初代勇者や多くの勇者、人間や亜人達と交流を図り町を作った魔王様の優しさに文句をつける者などおりませんよ。同じだけ、私達も交流をしてきましたから。」  こういうのが、父親というのだろうか。そう考えたが、参考になるものが無いので打ち消した。  下僕だから従うという考えは、あまり好ましいとは感じないがセディからの悪意も感じないので特に何も言う必要は無いかと口を閉じておいた。  他に何か用事はあるかとセディに問われたので、早く眠るよう伝えた。  セディが下がり、私一人になる。勇者の事を考えながら、いつの間にか眠っていた。

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