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第9話

 あれから何度かクレースと酒を酌み交わし、飴玉分の血を与えていたら魔王城に居着いて一年が過ぎようとしていた。  今朝は外が真っ白になっていた。  「通りで寒いはずだ。」  ここに来て分かった事は、普通の暮らしをしている普通の魔族という事のみ。そんな奴を、俺は殺す事なんて出来ない。  「とりあえず、実家に手紙を一度出したいんだが。」  朝食の席、俺は一応クレースに聞いた。好きにしろと許可が降りたので、出す事にした。  父親宛に、自分が生きている事。魔王城に居着いている事。魔王城の敷地内での軟禁状態ではあるが、食事は出るし鍛練も欠かしていない事を書いた。  父親は基本的に穏健派であり、理性的な判断を下す人間なので変な真似はしないだろう。するとしたら、直接ここに来ようとする位だろうか。———気を付けるか。  手紙はセディに任せた。  人間に変化出来るメイドや、魔族に頼んで麓の街まで降りて郵便を出すそうだ。好奇心のまま俺も行っていいか尋ねたが、笑顔の圧を受けたのでまた今度にしようと思う。  暇だな。  鍛練は欠かしてはいないが、一人でするのにも限界がある。  「何をしている。」  魔王城をうろついていたら、メイド数人を引き連れたクレースに出くわした。  そういえば、最近のこいつの目がちょっとおかしい。  やけに俺を、優しく見つめるんだ。長兄を見つめる、姫の様な。愛おしいという目。  俺はそれに気付いていないふりをして、答えた。  「暇なんだ。クレースは?」  「メイドの戦闘訓練をする為、訓練場行く所だ。君も来るか?」  魅惑的な誘いに、俺は二つ返事で了承した。  歩きながら聞けば、月に一度だけ魔王直々にメイド達の相手をするらしい。騎士団の様なものもあるにはあるが、メイド達は暗器専門の為意味がないとか。  「意味はあるだろ。体術とか。」  「あるが……頭の悪い輩もいるのでな。」  察した。  色目使われたから、倒されたとか難癖つけてくるんだろう。そんな奴は、故郷の騎士団にもいた。 我が家の母の専属騎士達も、渋い顔して文句言ってたな。俺の父親に。勿論、父親の鉄拳制裁されていたが。  「なるほどな。」  「いい機会だ。そなたら、勇者と訓練をすると良い。」  メイド達の顔付きが変わった。  まぁ、思う所あるだろう。存分に不満を受けようじゃないか。  ………結果から言う。  とてもしんどかった。  1人ずつ相手をしたが、暗器専門のせいか身動きが素早い。また、隠遁系の魔法を使われるせいか、気配察知を常時かけないといけないのだが通常使用する分の魔力では足らない。慣れの部分もあるので、今使える分の魔力で最大値の気配察知で見つかるか見つからないか。  手枷足枷辛いな。と久しぶりに感じる訓練だった。  「メイド達が、感謝していた。」  「へぇ?俺に?」  「あぁ、君に。」  「それは光栄だな。これで、変な雰囲気が無くなれば良いんだがな。」  「そうだな。」  最後の方は、割と和気あいあいとしていたと思う。殺意というか、戦闘時独特の雰囲気はあれど、どこか訓練だから。という雰囲気があった。  それにしても、俺自身も鈍っていたな。やはり対人訓練は良い。  「なぁ、たまに俺も入れてくれないか?」  「構わない。こちらとしても、ありがたい。」  言質が取れた。  「やりぃ。」  クレースと目が合った。  骨ばった指先が、俺の顎に触れた。  「君は、笑うと可愛いのだな。」  嬉しくはないが、割と本気な目をしているからなんとも言えないな。  「はっ。どうも。」  こういう時は、あしらうのに限る。  そもそも、俺はこの男を一人の友人としている事実についても考えないといけない。  殺すのは諦めている。ここまで世話になって、仲良くなって、良い友人だと思っている自覚もある。酒も一緒に飲んでいるし。  絆されそう。  そう。絆されそうなのだ。  ほぼ毎晩の酒と語らい。この俺を見る目。疑問なのは、いつからこんな目をしていたのか。クレース自身自覚があるのか。  体は鈍っているが、脳内はずっとぐるぐると回転している。  かと言って、精神的に疲れているのか。と問われれば否だ。クレースは俺に付かず離れず、従僕と言う世話役兼監視役はいるがそれ以外何も生活に問題はない。  その従僕自体も宜しくない。真面目なのだ。本当に真面目に職務を真っ当しているだけなのだ。  俺が図書室で読書をしたい。そう言えば鍵を借りて来て、案内をする。そして俺が読む本を決めている間に、読書スペースが完成しており茶まで出る。  この生活に、精神的に問題を抱えるというのが難しい。  そりゃ、外に出るのに制限はあるが仕方ない事だ。今の俺は、捕虜であり客だから。軟禁状態にも納得している。  勇者と魔王。敵同士。  頭痛くなってきたな。  「カイル。」  「どうされました?」  「ちょっと眠って良いか?」  「えぇ、夕食頃に起こしに参りますね。」  このカイルが、俺の従僕。監視役。目の前がふらつく。  滅多に使わない脳みそを、ずっと使っていたツケだろうか。  夕食に呼びに来たカイルから、発熱していると言われ情けなくなった。状態異常耐性が効いてないのなら、ただの知恵熱だろうか。  情けない。 ***  「発熱?勇者が?」  「そのようです。」  状態異常を持つ勇者が発熱。とんだ矛盾だが、出て寝込んでしまっているのだから今更どうしようもない。  「様子を見に行く。」  「は。」  私自身も状態異常耐性はあるので、見舞っても問題ないだろう。  勇者の部屋には従僕としてカイルを付けているので、アレクの部屋に向かいながら話を聞いてみると、どうやら訓練後に部屋へと戻ると少し眠りたいと言ったそう。  顔色が少し悪そうだったので、夕食の時間に起こす。と伝え、いざ起こしに行くと発熱していたとか。  「ふむ。疲れもあるのだろう。状態異常耐性とは言え、あれは敵と脳が認識し毒など受けた場合発動する耐性だ。我々同様、あまり回復魔法を掛けても今後同じ様な事があると治りが遅くなってしまう事もある。カイルよ。」  「は。」  「寝ずの番とは言わないが、メイド達の数人と交代で看病をする様に。」  「いえ、私が。」  「お前まで倒れてしまっては、アレクは気に病んでしまう。交代でする様に。」  「承知致しました。」  アレクの部屋に着き、ノックをするとメイドが外へ出てきた。  「様子はどうだ。」  「異常ありません。眠っておられますが、汗もかいておられますので順調に回復されているかと。」  「ふむ。お前は町に行き、薬草を持ってくる様に。」  「かしこまりました。」  メイドが足早に立ち去り、代わりにカイルが扉開けた。  サイドテーブルにあるランプの灯り。照らされるベッドには、アレクが眠っていた。  鑑定をかけてみるが、異常はない。やはり疲れが出たのだろう。  カイルが椅子を運んで来たので、座る。アレクの寝顔は、歳の割に幼く見える。オレンジの光に照らされ、頬の赤みが強く見える。  私は起こさぬよう、アレクの顔に張り付いた髪の毛を避けた。しっとりとしてしまった髪の毛。閉じられた瞼。通常よりも少し早い呼吸。  「アレク……」  薄く瞼があがる。小さく私を呼ぶ。  「うつる……」  「風邪ではないのだ。うつるわけもない。」  うつったところで、何も問題はない。  「ん……冷たいな……手……」  微笑むアレクの額に乗せた私の手に、アレクの熱い手が触れる。  戦ってきた証の残る、青年の手。気持ち良さそうに笑むアレク。  嗚呼、分かった。分かってしまった。  初代の面影を持つ彼に、劣情を抱いてしまっている。  初代と似たアレク。だが、初代よりも勝気で、活発で、本を愛するアレク。 私のケーキ。私だけの甘露。  「よくなったら、また酒を飲もう。」  「……ん。」  すぅ。と、寝息が聞こえる。  初代はただ、友人だった。こんな胃が重たくなる様な、心臓が早鐘を打つ様な、はっきりと欲情するなんて、そんな事は一度も無かった。  初代は私を生かし、しばし滞在したが早々に去ってしまった。この世界を見て回る。手紙は出さない。僕が死んでも、君は何も感じないだろう?そう言った。  確かに、流れて来た噂から死んだ事を知っても、何も感じなかった。空を見上げて、死んでしまった事の事実を再確認しないと忘れてしまうくらいには。  だが、もう良いのか。  今この手にある、アレクだけを見ていたい。  楽しそうに、苦しそうにメイドと戦闘するアレクを。  本を真剣な眼差しで読むアレクを。  私に血を渡す時に、少し躊躇いと恥ずかしさを表すアレクを。  「これが、愛おしいという事なのだな……」  小さく呟いた声は、セディとカイルに届いたようで。後ろで微笑んでいる気がした。

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