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第10話

 やっぱり知恵熱だったのか、翌朝起きたら頭がすっきりとしていた。  ベッドから起き上がると、隅に置いてある椅子に座っていたのかカイルが駆け寄って来た。  「アレク様!あぁ良かった。体調はいかがですか?」  名前を呼んでくれた。その事に喜びを感じつつ問題ない事を伝えた。  夕食に呼びに来たら、熱が出ていたそうで。心配をかけてしまった。  「すまない。心配をかけてしまって。」  「とんでもないです!今魔王様をお呼びしますね!」  眩しい満面の笑みを残して、カイルはまた駆けて行った。  まだ少しぼんやりする頭で窓の外を見る。今日は珍しく灰色の雲がどんより積もっている。  足音と気配から、魔王が近づいてくるのを察知した。少しして、ノック音がして返事をすると魔王達が入ってきた。  「アレク。あぁ、昨日よりは随分と顔色が良い。」  「すまない、熱を出すなんて。」  「気にするな。今まで無意識に気を張っていたのだろう。」  気を張る。確かに、そうかもしれない。  否定が出来ずに黙っていたら、また誰かが近付いて来るのが分かった。知らない気配だ。  ノック音に嬉しそうにカイルが返事をし、誰が来たのかを確認する。  そして、いい香りがここまで漂ってきた。  扉から姿を表したのは、コック服の鬼だった。  「食え。」  手触りの良い絨毯ですら吸収出来ない程の足音と共に、ベッドにいる俺に向かって来たと思ったら盆を差し出された。  良い匂いはこれか。と受け取り見ると、そこには白いスープの様な物が乗っていた。  「ヤポネで病人が食う粥だ。卵と小さいが肉も入れた。食え。」  ヤポネ。幻の東国。海を渡った先、山を越えた先にあると言われている幻の国。冒険者達が目指す、最果ての国と言われている。  伝説と化してる国の名前と、知らない料理の名前に戸惑っていたら無骨と言うより巨大な手が器用にスプーンを使い俺の口に押し込もうとする。  「食え。米だ。穀物だ。」  クスクスとカイルが笑う中、俺はむっつりと口を閉じる。  「コック長。説明が足りませんよ。アレク様、彼はここのコック長でオークの亜種進化と言われる鬼族です。名前はスザクです。」  この巨体でコック長。凄い城だな、ここは。なんて関心していると、続けてカイルが話を続けた。  「このカユというのはですね、米と言う穀物をスープで煮たものなんですよ。我々も、体調を崩したりすると作ってくれるのです。」  なるほど。変なものでは無いのか。  そう考えていたら、クレースが盆とスプーンをスザクから奪い俺に向けて来た。次はお前か。  「クレース?」  「本で読んだ。あーんと言うものだろ?」  「そうだが。俺は自分で食えるよ。」  「やらせてくれ。」  ここに来て分かった、魔王クレースの事。興味がある、やってみたい事に対して目が分かりやすい程に煌めく事。  こういう姿を見ているから、絆されるのだろうか。  俺は黙って口をあけた。  温かい粥と、粥で温まったスプーンが口にゆっくり入れられる。  「ん……」  舌先が少し熱さで驚いたが、やけどするほどではない温度。  優しい甘みと、塩気。ベースがブイヨンなのか、野菜の甘味を感じる。  「んま。何これ、美味いな。」  スザクを見ると、にっと牙をむき出して笑い再度食え。と言って去ってしまった。  ちょっと作り方知りたい。冒険中にも応用がききそうなのに。  「では、魔王様しばらくお任せしても宜しいでしょうか?」  カイルがクレースに言う。どうやらあのスザクとカイルは、いい仲らしい。体格差について考えそうになったが、無粋なので打ち消した。  「構わない。」  クレースの返答に嬉しそうに微笑み、カイルはこっそり俺に手を振り部屋を出ていった。さりげなくセディまで去ったのは何故だろうか。  「おい。セディまでいなくなったぞ。」  「良い。あれにはあれの仕事がある。」  「お前は?」  「私に仕事という仕事はない。ほぼ趣味だ。」  何とも言えない答えに、俺は黙って差し出される食事を飲み込んだ。こうして生活を過ごしていると、この魔王は随分と世話好きなのだな。と感じる事が多々あった。  やはり、絆されている。  何というか、毒気を抜かれるのだ。  随分とのんびりさせてもらっている。敷地は広大。裏手には小さい町。こんな魔王、殺せるわけがない。罠だと言われても、もう一年はここにいる。今更裏切られようとも、仕方ないことだ。  ふいに自分の頭に手を伸ばしかけて気が付いた。  枷がない。  「枷は?」  素直に聞いてみると、クレースはあっけらかんとした顔で外したと言う。  「一応捕虜か、人質だろう?俺は。」  「いや。メイドや、他の者達が怖がるので付けていた。」  クレースが言うには、俺がメイド達の訓練に参加する様になってから、周りが俺に対して慣れてきたらしい。そんな、気の抜ける答えに俺はベッドに潜り込む事で抗議を示す。  「アレク?何故ベッドに入る。食事はまだ終わっていない。」  人間より人間臭く、人間より人間ではない曖昧の塊みたいなこの男。魔王クレース。  純粋な子供の様な魔王クレース。  真剣な顔で、夜な夜な町の子供達に渡す絵本を作成する魔王クレース。  容赦なく、俺を叩きのめしに来た魔王クレース。  俺は、最近クレースの事ばかり考えている。  そんな自分が、嫌じゃないのがまた困ったものだ。

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