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第4話 クランクイン②
二人は現場から離れることをアシスタントに告げて、ロケバスとして路地に駐車された大型バスに乗り込む。ジェラルドとユアン以外にバスに乗り込んでいる者は、駐車禁止注意と盗難を防ぐために留守番代わりをしている運転手だけだ。彼は運転席で帽子を夜闇の代わりにして眠っていた。
「出入りが自由なのは助かるが、入り口が開きっぱなしってのは、防犯上どうなんだ?」
「さてね」
小声で言い交わし、二人は後部座席の方へ歩いていく。その途中の座席に置かれたペットボトルのコーヒーと紙コップをジェラルドは手にした。
「コーヒーでいい?」
「ありがとう。ところでトイレ、どこかな?」
「路地を曲がったところにあるカフェへ、皆、借りに行ってる」
「カフェで出待ちしてても良かったかな」
「アシスタントがその許可を取りに行ったら、混雑するからやめてくれ、と言われたらしい。トイレ借りるだけだったら、裏の厨房から入ってもらっていいから、って」
「ロスなのに珍しい対応だな。コーヒーでいいよ。ミルクも砂糖もいらない」
「ソイミルク、あるけど。ベジタリアンなんだろ?」
問われてユアンはジェラルドを見る。
その顔からさっきまでの人好きのする笑顔は失われる。サングラスは紫外線で色が変わるせいなのか、色が薄くなりつつあった。そのレンズを通して、鋭く咎めるような視線が向けられていた。
「共演者の、リサーチをする方なのかい?」
ジェラルドの背中にひやっとした焦りが走る。
「もし気に障ったんなら、謝るよ。ただ興味があったから、ネットでいろいろと調べた」
「興味? どんな?」
まるで取り調べだ。
そんな居心地の悪さを感じたが、ジェラルドはユアンにコーヒーを渡す。
ピリピリとした警戒のオーラと相手の本質を見透かそうとするまっすぐな視線がじっとジェラルドを捕らえている。完璧すぎるほど綺麗なだけに、無表情に近い真剣な眼差しには他を完全に威圧する迫力があった。
「そうだな。まず……」
ジェラルドはユアンから目をそらし、紙コップのコーヒーをすするように口にして、唇を濡らした。
「正直に言うと……怒らないでくれよ……俺はあんたを全く知らなかった。名前とか、最近の仕事の話とか、そのくらいは腐っても同業者だから聞いたことはあるけど、実際、あんたがどんな容姿をしてて、今までどんな仕事をしてたとか、どのくらいのキャリアのある人なのかとか、全く知らなかったんだ。なにせ、イギリスじゃあどうか知らないが、アメリカじゃ、あんたのような舞台俳優と、俺みたいなテレビ俳優の、それも端役要員は、その格において雲泥の差がある。本来なら主役級で一緒になることなんてないんだ」
ジェラルドの言葉にユアンは目を丸くした。
「なんだ、それは……」
ジェラルドはユアンが怒り出すのかと思った。当然だ。
一流の俳優が、テレビの三流端役俳優に『あなたの事を知りません』と言われたら、普通はプライドに傷が付く。
業界に対する勉強不足を詰られるか、気分を悪くするか。ジェラルドは覚悟した。
だが予想に反して、ユアンは座席にひっくり返りそうになりながら、額に手をあてて大笑いした。
「そんな事を言い出したら、私の父はアメリカじゃあ二流どころか三流の大御所だな。私を知らないなら当然知らないかもしれないが、ジミー・ルイスといったらイギリスではソープオペラの定番要員でね。四〇年近く同じ番組をやってて、逆に言ったら、それ以外の仕事をしていない」
「へえ……そうなのか」
ジェラルドはユアンから消え去った警戒のオーラにほっとして、コーヒーを再度口に運ぶ。
「だが私は父を、舞台中心の自分と比べて、格下とは思わないよ」
ユアンは手元のコーヒーの液面を眺めながら、静かに言った。
「そこがイギリスとアメリカの違いなんだ。俺からしてみたら、ギャラも格も高いあんたが、どうしてこんな複雑な事情の絡んだドラマの、複雑な設定がなされた役を引き受けたのか謎でね。どんな人か、興味がわいた」
正直なジェラルドの告白に、ユアンはリラックスした様子で座席に座り、頬杖をついてジェラルドを見る。その笑顔は初めて出会った時のコミカルな作り笑いではなく、一〇年来の友人と語らう時のような穏やかさがあった。
「別に私自身が仕事を選んでいるわけではないんだ。どちらかというと私自身はおもしろそうだと思ったら、ギャラとか役柄の立場とか関係なく参加したい性質でね。まあ、今のところテレビよりも舞台の方がおもしろいから、そっちが多いのは間違いないが」
「そうなのか?」
「気を利かせてるのか、君が言うヒエラルキーの問題なのか、エージェントがこういうテレビシリーズの仕事の情報を私に提供してこないんだ。特にアメリカでは。イギリスではテレビ番組もドラマもたまに参加しているんだよ。今回のテレビドラマは、例の『処女懐胎事件』があって知った。興味が沸いて、新しいヒロインのオーディションを俳優ユニオンで公開してたから、応募してみた」
「ヒロインオーディションだろ?」
「そうだ」
怪訝な顔で眉をしかめるジェラルドに、ユアンはにべもなく答えた。
確かに中途半端な女優より断然美しい男だが、それでも男の身でヒロインに立候補というのは、さすがに格下のジェラルドでもこの有名俳優の自意識の高さを疑った。
そんなジェラルドの顔をユアンは指さして面白がった。
「監督もそんな顔をしたよ。別に私としては女装してもよかったんだけどね。面白そうだし。ただ、このヒロインの役を男でやった場合、自分はこう思うっていう人物像をとにかく演じてみたら、監督が気に入ってくれたんだ」
「無茶をするなぁ」
今度はジェラルドが目を丸くし、髪を掻きあげながら呆れ、そんな言葉を思わず口にしてしまった。
ユアンは否定する事も、気分を害した様子も見せない。むしろジェラルドの自分に対する反応を嬉しそうに受け入れた。
「決めるのは監督だが、自分から提案してはいけない訳じゃない。それが採用されて、おもしろければいいんだ。オーディションは自分が判断される現場でもあるけど、そういうクリエイティビティが現場のスタッフにあるかどうか、かいま見れる場所でもある」
その台詞に、ジェラルドは言葉もなく、降参の両手をあげる。そんな事を、これまでの仕事で考えた事もなかったからだ。
これが仕事を常に持てる者と、常に追い求める者の違いなのかと思ったが、与えられた環境の違いや、それによって生まれる内面の違いを羨ましいと妬む気持ちは生まれなかった。
不思議な人だ。
あくせくと仕事をとるために媚びを売り、かけずり回り、必死になっている、自分を含めた端役俳優の中に、彼のような人はいなかった。この生き馬の目を抜くような芸能界で、こんなに自然に振舞える人もいるのか、と。
「あんたは……」
「ネイサン。お待ちどうさま。やっと出番が来たようだよ」
「あ、はい」
ジェラルドは何かもっと話を聞きたいと思ったが、アシスタントがバスの入り口から声をかける。飲みかけのコーヒーをすべて飲み干し、慌ててアシスタントの後を追う。バスのステップを降りたところで、ふと後ろからユアンがついてきていたことに気がついた。
彼は怪訝そうなジェラルドの視線を、とても小悪魔的な笑みで受ける。
「私は、現場観察で演技を学ぶタイプでね」
「俺のを見ても、何の参考にもならないよ、きっと」
「それはわからない。決めるのは私自身だ」
さりげなく断ったつもりだったが、雰囲気としてはどう言っても付いてきそうだったので、ジェラルドは照れ隠しに髪をかいて観念した。
「……お手柔らかに」
その背中を軽く叩いて、ユアンは彼をバスの外へと急かした。
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