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第5話 クランクイン③

 ビルの谷間に、強い西日がオレンジ色の光の帯を作り、街を染めて行く。  ジェラルドはこれまでには感じた事のない緊張とそこから来る疲労にへとへとだった。監督の終了合図が飛び、スタッフは撤収の準備を始めると、腰が抜けたようにその場に座り込む。 「お疲れ」  それに比べて、ユアンは多少疲れが見えていたが、むしろ気持ちの良いエクササイズをこなした後の様な晴れやかさがあった。  ジェラルドはユアンから差し出された冷たいソーダを受け取る。 「緊張した?」 「あんたが見てるからな」  ジェラルドはユアンを見上げ、少し皮肉っぽくそう言って、ソーダを口にする。喉を心地の良い刺激が通り抜け、乾いた体を潤していった。  ユアンはドラマの中で演じた冷徹で、鋭く、妖しげな役柄とはうって変わって、ナチュラルでフランクな笑顔で笑い飛ばす。 「はは。気にしなければいいのに」 「そういうわけにはいかないだろ」  ジェラルドは眉を下げ、口をへの字にして訴えた。  ドラマに出た事はあるが、主人公なんて初めてだったし、自身が演じる間、遠くから常にユアンの視線を感じていた。  何を思うのか。  それがずっと気になって仕方ない。何より、百戦錬磨の先輩から、どんなダメ出しを食らうのかと思ったら、どこかで気がそぞろだった。  監督にはおおむねOKをもらい、リテイクは幸い一ケタまでですんでいたが、自分自身の評価としては気が散りすぎて納得がいかなかった。かといって、現場を観察することで演技を学ぶのは役者の権利であり、自由である。気が散るからどこかへ行ってくれ、なんて傲慢かつ気の小さい事を要求出来るはずもない。  対するユアンの演技に対して、ジェラルドは目が離せなかった。自分が見られていたことへの当てつけではない。ジェラルドから見てさすがと思わざるを得なかったからだ。  舞台慣れした彼は、その演技を注視する観客の視線など意に介さない。彼は彼が思うカレンを演じることに徹する。  彼は独特の色気と影をもっている。彼自身が生み出すその陰影は、完璧に役を作り上げ、それも条件が厳しければ厳しいほど、抜群に高い演技力を見せる。そのくせ他の俳優たちから浮いてしまわないのは、自分がどうというよりも、一つの作品を作り上げる本質を本当に理解しているからだ。リテイクはジェラルドより彼の方が多かったが、それは彼自身が監督と練り上げる高度な創作活動の一環としてであり、端役警官がヘタな演技で何度もダメ出しを食らうのとは根本的に次元が違った。 「舞台を経験したことは?」 「あんまり。学校を卒業してからは忙しくって…。そんな時間がない」  それも忙しいのは本業ではなく、アルバイトと妻がいない間のハウスキープというのが情けなかった。 「経験するのとしないのでは、ドラマ撮影と言えど、現場への対応がやはり段違いになる。アメリカで長く続いているドラマの俳優は、殆ど舞台からのたたき上げということからもわかるだろう。舞台というと練習時間が気になってるようだが、気負わなくていい。The 24 Hour Playsは、知っている?」 「ブロードウェイでやってる、一夜限りのチャリティー舞台?」 「そう。時間は一幕一〇分。それが六本。六人の脚本家と六人の監督、そして二四人の出演者たちで日曜夜に集合してチームを作り、作品を作り上げて翌月曜夜に観客の前で披露するんだ。時間がなくても参加できるし、作品は何も監督や脚本家だけで作っている訳じゃなくて、役者も含めて、皆で作り上げるっていう醍醐味を体験できる」 「ツテがない」 「私の知り合いが今年企画している。興味があったら、連絡を取るよ」 「どうして、そこまで俺に?」  ジェラルドはユアンを見上げて問う。 「知りたいかい?」  ユアンはジェラルドの顔を覗き込むようにして上半身を折り曲げ、綺麗な瞳でまっすぐにジェラルドを見る。 「教えて…くれよ」  吐息の風を感じるほどの距離で、綺麗な顔がジェラルドだけを見ている。  体温が上がり、息が詰まって声がかすれる。乾いた唇をそれとなく舌で湿らせた。  そんな変化を知っているのかどうなのか、ユアンはいつもの笑顔に豹変し、ポンポンと軽くジェラルドの肩をたたくと、すいっと背を向けて人差指を出した。 「これから飲みに行こう。スタッフの配慮は嬉しいけど、ケータリングもビュッフェスタイルのレストランも苦手なんだ」 「奢り?」  ジェラルドが尋ねる。ユアンはくるりと振り向いて笑った。 「君がキュートなお嬢さんだったらね。割り勘だ。当然だろ。私たちは同じドラマの仕事仲間なんだから」 「あんたの方が絶対ギャラは高いと思うけど」 「そんなことを気にしてるから、いつまでたっても緊張が抜けないんだよ」  ユアンはジェラルドに手をさしのべる。ジェラルドは苦笑いでその手をとって、ゆるゆると立ち上がった。

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