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第7話 ゲーム①
ユアンは自分のセカンドハウスに帰宅後、ソファに寝っ転がって、イヤホンをつないだi-phoneを眺めた。
「ふふふん、そう来るか……」
画面に映っているのはチェスのゲーム画面だ。
バーで連絡先を交換したジェラルドとユアンだったが、それはまず仕事で使われる前に、ジェラルドの提案でネットワークゲームに利用されることとなった。
ユアンはインターネット対戦やビデオゲームをしたことがない。
だからジェラルドからまずMMOのオンラインRPGゲームを誘われたが、登録の段階で挫折した。ゲーム世代では当たり前の世界観や常識、そして操作性を理解するのが非常に困難だったからだ。登録はしてみたが、そこからどうやって動かし、何を目的にし、どう進むのか、さっぱりわからなかった。
ジェラルドからは、
『言うなれば、仮想世界の役者になって、クエストをこなしていくんだけどね』
と説明を受けたが、その面白さがちっともわからなかった。やはり役者は自分で演じるからおもしろいのだ。
ただ、ゲームそのものは好きだ。
チェスにしろ、オセロにしろ、ポーカーにしろ、勝ち負けがはっきりしているゲームは、幼いころからユアンも馴染みが深い。
それなら、と、ジェラルドはチェスを提案した。
今のところ、勝負は五分五分だ。素直に攻撃的に仕掛けるユアンに対して、ジェラルドは非常に絡め手で攻めて来るのだった。
電話が鳴った。
ユアンのイヤホンから流れるBGMが途切れ、画面にはジェラルドの表示が出ている。通話ロックを指で解除すると、唐突に、
『もしもし? オンラインでゲームする面白さ、わかった?』
少しハスキーな深いバリトンが話しかける。イヤホンで聞いたせいで、まるで耳元で囁かれているようで、ユアンの背中にぞくっとする快感が走った。
ああ、この声だ。
かつて、ネロとして画面の中から響いていたこのバリトン。一〇歳も年下の俳優の、類稀な潜在能力に完敗し、心奪われた。その、声。
それとともに、ユアンの中で、撮影現場で声をかけた時の緊張が思い出される。
彼は熊のような大きな体を所在なげに炎天下に晒し、立っていた。その背中はネロを演じた時そのままであり、ユアンは彼がジェラルド・ネイサンだと、すぐにわかった。
ユアンを見るまっすぐで穏やかな眼差しに魅入られた。今も、彼の声を、瞳を、笑顔を、匂いを、思い出すだけで、年甲斐もなくと自嘲してしまうほど、胸が熱くなる。
『どんな人か、興味がわいた』
ジェラルドがそう言った時、とても嬉しかった。彼の眼にどんなふうに映ったのだろうか。好いてくれれば嬉しい。ユアンはそう思った。
『惚れているから』
酒とその場の気軽さで、そう言ってしまったとき、しまったとユアンは思った。
相手はノーマルな男性で、既婚者なのだ。その相手に許される感情ではない。知られてはならならない。
その後の必死のフォローで、ジェラルドは年上の先輩の冗談だと受け取ってくれたようで、幸いだった。
『いいや、全然。むしろ嬉しい』
その笑顔を曇らせたくはない。
自分の本性は、絶対に知られたくない。
彼がリサーチしたと聞いたときは、ネットの海に漂うその片鱗を知られるのではないかとユアンは冷や冷やした。
そう思うのに、ユアン自身には既に卑猥な埋火が灯っている。胸が苦しいほどに、焦がれる気持ちが、声や息遣いに現れる。それを隠すために出来るだけ平静を装って、マイクに話しかけた。
「勝ち負けがシンプルなゲームは面白い。忙しい合間でも、好きな時にこうやって友人と遊べるのは、楽しいね」
『撮影の合間でもできるしな。って、あんたは仕事中はそういうのしない主義?』
「どうだろう。今まで、こういうツールを知らなかったから」
『俺はいつでも挑戦待ってるよ』
含んだような笑いが耳元をくすぐる。
ああ、だめだ。これは背徳でしかないのだから。
そう思うのに、吐息はなお熱を帯びてしまう。
『じゃあ、今夜はもう……』
「ああ。ありがとう。楽しかったよ。また、明日」
そう言うけれども、ユアンは電話を切ることが出来なかった。ジェラルドの方で早く切ってほしいと思う反面、繋がり続けたいとも思っていた。
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