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第9話 ゲーム③

 ジェラルドはユアンから電話が切れた後、暫く相手のいなくなったゲーム画面を見ていた。  いつまでも電話を切れないなんて、何年振りだろう。  電話を自分から切るほうではない。それでも、相手が同じようなタイプだった場合、気を使わせるのも嫌なので、適当に踏ん切りをつける。  でも今日は、ずっと繋がっていたかった。  相手が何も言わなくても、ただ繋がっているというその状態を保っていたかった。  いっそ、ゲイフォビアなら良かったのに。  そうすれば彼の美しさはこんなにも胸の内に響いてこなかったし、焦がれる気持ちは、役柄の上だけの事だと、割り切れただろう。  ジェラルドは携帯を胸に置き、深くため息をつく。  こんな気持ちになったのは、ジュニアハイの頃以来だった。その時は惚れた相手が当時の自分のレベルでは知力も魅力も財力も届かない高嶺の花で、手ひどい失恋をして、今でも立ち直れてはいない。忘れたと思っていても、人と対峙するとき、相手が強く求めてくれなければ、どうしても自分の相手に対する立ち位置が定まらないところがある。  それが今度は高嶺の花の上に、男ときている。もう絶望的だった。  叶う事じゃない。それでも、彼を想うだけで極上の美酒を味わうような幸福感に酔う。  ああ、体が熱い。  その熱を如何にするかもやもやと考えていた時、携帯がバイブレーションと共に鳴って、心臓が止まるほど驚いた。 「ジェラルドだ」  相手が誰かを確認することもなく電話に出る。 『アリシアよ。お疲れ様。今、大丈夫?』  相手はニューヨークにいる妻だ。ジェラルドはさっきまでの熱に浮かされた状態から、日常に引き戻されて、ほっとするやら寂しいやら、複雑な気分だった。  時計を見る。ニューヨークとロサンゼルスとの時間差は三時間。寝る前にかけてきてくれたのだ。 『撮影はどう?』 「楽しいけど、疲れる。緊張で。言うなれば降って湧いたチャンスだから、それを失いたくないと思う反面、打ち切られてもそういうものかな、とか、いろいろ考えてしまって、肩から力が抜けない」 『相変わらず、仕事に対してだけは悲観的ね。それじゃあダメ、ジェラルド。続けていく。その思いでやっていかなきゃ』  アリシアに叱咤され、ジェラルドは苦笑する。  彼女が仕事に対して非常に前向きなのは、出会った頃も今も変わらない。対するジェラルドは多才ではあったが、彼女ほど目の前の事に集中できるバイタリティはない。あれもこれもと手を出したくなるのは、一つの事に百%の力を出し切ることのできない事の裏返しだった。  多才に隠された臆病さ。それをいち早く見出したのがアリシアだ。彼女は恋愛結婚で手に入れた妻だったが、付き合っている当初から、異性とか恋人というより、同じ夢を追う同性の友人であり、ジェラルドを導く先輩でもあった。  それはそれで楽しかった。  熱烈な恋愛関係ではなかったが、二人なら、これから先もずっとこのまま輝いて生きていける、そう思えた。結婚した当初は、夢だけで生きていける、そんな年齢だったのだ。  しかし現実はそうではない。  アメリカ演劇の本場はニューヨークのブロードウェイ。  テレビや映画の中心都市はロサンゼルスである。  二人の生活と夢の方向性の間には、時差三時間分の距離があった。  どちらかを優先すれば、どちらかが生活のために夢を手放す。夢を二人が追えば、穏やかな家庭生活や子供がいる人生など、結婚という環境が与えてくれるはずの夢は失われる。全てを貪欲に叶えられるほど、今の二人には財力も気力も計画力もない。  妻を愛しているんだ。だからそれでも構わないんだ。そう自分に言い聞かせるけれども、妻が輝いて見えるとき、ジェラルドには現実の影が落ちてくる。  アリシアとの関係に疲れてきた理由がそのあたりにあるんだろうと、ジェラルドが薄々気付き始めた時、 『ルイスとはどう? あの人、どんな感じなの?』  急に、アリシアがユアンに話題を変えたので、ジェラルドは一瞬返答に間が開いた。 「どんな、とは?」 『私は一緒に仕事をした事がないんだけど、一緒に仕事をした人に聞いたら、すごい厳しいって』 「厳しい…」  ジェラルドはその言葉と、実際の彼のコミカルさの間にあるギャップに、ふと考え込んでしまう。 「……確かに、厳しいと言えば、厳しいけど、ヒステリックって意味じゃないね。ストイックなんだ、演技や、作品に対して。でも面白い人だよ。仕事の合間はコミカルだし」 『コミカル? 想像つかないわ。映画でも、演劇でもいつもシリアスな役柄ばかりだし、噂じゃ、共演者とは少し距離を置きがちだって』 「そう? 俺、今日一緒に飯食ったけど。イギリスじゃテレビ番組もドラマもたまに参加しているって言ってたけど、そっちもシリアスな役ばかりなのかな?」 『それ、多分【御近所物語】の事ね』 「なにそれ?」 『彼のお父さんが主演しているソープオペラよ。すごいゆるーい感じの、英国人下町日常ドラマ』 「おもしろいの?」 『アメリカの娯楽じゃないわね。たぶん動画サイトなんかにあるんじゃないかしら。ユアン・ルイスで検索をかけたら、いくつか出てくるはずよ』 「ふうん…」  暫くそうやってアリシアと会話をしていたが、ついに彼女が欠伸を噛み殺し始めて、会話は終わった。

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