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第12話 好きになった人①

 ジェラルドはベッドに横たわったまま、組んだ片足をぶらぶらとさせて、天井を見上げる。  その手には写真が一枚。昼間の撮影で使われた茶封筒の中身だ。撮影が終わったあと、こっそり一枚、ジェラルドは抜き去っていた。  ベッドの上で半裸になったユアンと、それを組み敷いている迫力のある美女が映っている。その写真を眺め、思いを馳せた。  どんなセックスをするんだろう。  キスマークを見た時、ジェラルドの胸中に去来したのは小さな落胆だった。  先約があるんだ、と。  先約があろうとなかろうと、ジェラルド自身は既婚者で、この恋心の行き先は絶望的に可能性がないと自覚しているのだが、その時確かに感じたのは、自分のものではないという失望だった。  ジェラルドは写真を眺めたまま、ごろりと横を向く。  妻とは、もう長い間生活そのものの時間が重なっていない。セックスは、キャシー・レーモンから顔合わせの夜に半ば無理やり。当初ジェラルドが手配されたホテルに押しかけられ、据え膳食わぬはなんとやらでイタダいてしまって以来だ。  ジェラルドの手は自然と自らの股間へと添えられる。既にそこは軽く硬直をし始めていた。  写真の女優にはまったく目がいかなかった。好みじゃない。それよりもユアンの姿に目はくぎ付けになる。  綺麗な体だった。シミ一つない。もう四十前だというのに無駄な肉もない。柳腰でありながら、舞台俳優らしく臀部には鍛えられた筋肉が理想的なフォルムを作っている。何より、けだるげで、もの欲しげな彼は、純粋な妖しさとセクシーさを漂わせている。  彼は触れられて、どんな声を上げるのだろう。  快感に己の意識を手放す瞬間、どんな顔をするのだろう。  手に入らない人だと思うから、思い描かずにはいられない。想像すればするほど、ズボンの上から自らを撫でる手が止まらない。  久しぶりに一人で慰めようかと、ジッパーを降ろした時、i-phoneが鳴った。  慌てて手にしていた写真を枕の下に隠し、あたふたとジッパーをあげて通話ボタンを解除する。 「ジェラルドだ」 『ユアンだ。仕事中だったか?』 「いや」  時計を見る。ジェラルドは夜の分の撮影を終えていたが、ユアンは別スタジオで夜間撮影をしていたはずだった。それが丁度終わったのだろう。 『今、どこにいる?』 「スタジオの機材搬出用トラックが置かれてるところ」 『どうしてそんなところにいるんだ?』 「そこにトレーラーハウス用意してもらってるから」 『ホテルかアパートは?』 「いろんな理由でこっちの方が俺には性にあってるんだ」  キャシー・レーモンから無理やりのお誘いを受けた後、いずれ彼女がらみで何らかのトラブルに巻き込まれそうな気がしていた。ジェラルドは既婚者だと、彼女には言ってあったが全く怯む様子はなく、とにかく積極的だった。彼女は腹の子供の父親を、どこの馬の骨ともしれない一般人の子供にはしたくなかったのだろう。  このトレーラーハウスは彼女から逃げるために用意してもらったのである。彼女は子供の父親を共演者に仕立てたがったが、トレーラーハウスなんて防音も免震もない所で共演者と寝ているということを噂されるのは嫌がったからだ。  嫌な予想は的中し、彼女はタブロイド紙にすっぱ抜かれた。あのまま夜な夜な彼女に付き合っていたら、タブロイド紙はジェラルドの写真も小さく添えて、 『トリプルスキャンダルか?』  などと、もしかしたら妻アリシアの写真まで入れて、もっと賑わせていたに違いなかった。 「あんたは、今、終わったのか?」 『そう。ゲームに付き合ってもらおうかな、と思ってたんだが……そうか、スタジオ内にいるんだな』  何かを考えているのか、受話器の向こうが静かになる。  暫くして、ユアンは唐突に、 『今夜、泊めてくれないか?』  セリフの際どさに、ジェラルドの静まりかけた熱が、体の中心で急激に高まる。慌てて仕舞ったせいで窮屈に暴れて、痛いくらいだった。 「え? 今から?」 『ダメか? ダメなら、いいけど』 「いや、ダメ、じゃ、ない、けど……」  多少前かがみ気味で、あたりを見回す。枕の下から、写真の端が見えていた。 「いいよ。でも、散らかしてるから、三……四十分くらい、待ってもらっていいかな?」 『じゃあ四十分後に。二十八秒前までには到着する』 「わかった」  電話を切り、時間を確認する。  目下、写真は隠して、シャワーで頭と体を冷やさなくてはならないのは間違いなかった。

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