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第14話 好きになった人③
「どうして……」
彼の顔を見るユアンはその表情ほど客観的にはその事態が楽観視できるものではないと感じた。それなのに、どうしてジェラルドはそんなに穏やかに語れるのだろう。不思議だった。
「恨まないのか? 自分の両親の事を」
ユアンは問う。
ジェラルドは少し考える。そういう側面で親を見た事が無かったからだ。彼は立てかけたギターを何気なく小脇に抱えると、何かを考えながら、とりとめもなく弦をはじいた。
暫く適当なメロディーラインを鳴らしてから、穏やかに、静かに、ユアンに微笑みかけた。
「恨む、てのはないな。大変だったけど、楽しかったし。子供って、親がなくてもなんとか育つもんだろ? 親父のように家族を振り回す親にはなるまいと思うけど、一方で今の俺は親父のようにいろんなことをとりとめもなくやっていかなきゃ生きられてない。母さんは俺をUCLAまで行かせてくれたけど、経済学を学んでも、俺はまじめなビジネスマンにはならなかった。でもそういう人生は、親の影響はあったとしても、強制された訳じゃなくって、俺が選んでる。その自覚はあるから、両親を嫌いにはならない。どうしようもない人たちだったなあ、くらいかな」
ジェラルドはギターをつま弾きながら、小さな声で歌いだした。いい思い出も悪い思い出も全てが詰まった故郷を思うアメリカの古いカントリーミュージックだ。ユアンは聞いたことがあったが、曲目を思い出せなかった。
ユアンはビールを喉へ流し込み、足を組んだまま、ソファーの背もたれにゆったりと身を預け、歌うジェラルドを見る。彼の声はやはり心地がよかった。
「あんたは、どうなんだ、ルイス」
一曲を歌い終わり、ジェラルドのギターをつま弾く手が止まる。
「私?」
「どんな生活をしてた? 九歳でテレビデビューって話は、ネットで見たよ」
「正確には生後二週間だ」
ユアンはにやっと笑って、手にしたビールの空き缶を軽く潰す。それをカーペットの上にそっと置いて、天井を仰ぎ見た。
「私の生まれ育ったマンチェスターというところは、言うなればいい意味でも悪い意味でも老いを迎えた街でね。産業革命から始まるイギリス第二の大都市ではあるが、だからこそ、イギリス病とも言われる高い失業率とも無縁じゃない。そんな街で身を立てるためには、サッカー選手になるか、俳優になるか、音楽家や芸術家になるか……。とにかく自分の能力で、自分をマネージメントしていくことであって、ビジネスマンになる事じゃなかった。両親も例外じゃない。俳優と言えば聞こえがいいが、この世界では末端の売れない役者でも俳優だ。トレーラーハウスで生活はしてなかったけど、すでに両親が入居した時に築五〇年以上たっていた三LDKの集合住宅で、両親と、私と妹、家族四人で窮屈に生活していた」
「大きな一戸建てにでも住んでたのかと思った」
「『大罪』以降、そういう貴族的なイメージは付いて回ってるからかな。よく言われるが、そんな上流階級の生活じゃない。母の実家はランカシャーにそれなりの家を構えていたが、私自身は、狭い家の中で共同で過ごす部屋に窮屈さを感じ、打ち捨てられた廃墟の空き地に出て、真っ暗になるまで友達とサッカーに興じる、普通の下町の子供だったんだ。九歳の時のテレビ出演だって、父親に誘われたけど、こうなる未来について実感はなかったな」
「あんたの子役だった頃の映像はみつからなかった」
「30年近く前の、アナログテープの時代だからな」
「きっとぶかぶかのトレーナーから見える首や手足の細い、色白の少年だったんだろうな」
ジェラルドはユアンの子供時代に思いをはせて、うっとりと言った。
「いつ、俳優になろうと?」
「一〇歳の時、両親が離婚してから。私は妹とともに母に引き取られた。母は舞台を中心とした女優でね。シングルマザーではそれまで雇ってたベビーシッターを、継続して雇えるほど裕福じゃないから、学校がない時はいつも母の仕事場所について行ってた」
「離婚、してたのか?」
「君は、自分の両親をどうしようもない人だと言ったが、私の両親も、私から見ればそれなりに『どうしようもない』人たちだったんだ」
ユアンは前に父親の事を話した時と同じように、静かに、穏やかに、出来るだけ何気なく言った。
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