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第16話 パイロット①

 『スキャンダル』の試写が行われた。  試写まで行けば、もう演じている俳優たちもスタッフ達も、パイロットが高評価といかないまでも、継続に足る結果であることを願うしかない。  幸い、二,三の手直しはなされたものの、試写の評価はそれなりに手ごたえがあり、拡大版でパイロットは放送までこぎつけた。  ニールセンリサーチでは、パイロット版の評価は期待値含む内容が多かったが、視聴率は高かった。  それはドラマの始まる前にごたごたとしたキャスト交代劇や、アメリカのテレビドラマには殆ど出てこないユアン・ルイスが参加していること、また主人公を好演しているジェラルド・ネイサンという、それまで無名とも言える俳優の演技力と甘いルックスによる人気などの宣伝効果によるものである。  二話目以降の制作が確定し、撮影続行が決定したという知らせは、ジェラルドをほっとさせた。 「次は九月の改編期か」 「そんな先の事を気にしていてどうするんだ? 次の視聴率で打ち切られることだってあるんだぞ。それよりもこの雑誌の感想見たか? あんたたちの事が書いてあるぞ」  二話目の撮影現場で、スタッフがTVガイドを広げてジェラルドに見せてくれる。  そこには、巨悪に隠された真実を明らかにするという正義の為の活動を行っているのに、出世欲の強い刑事とアウトローで野心家のカメラマンというダーティさが漂う二人が主人公という逆説的設定が良いという評価が出ていた。 「パイロットの改編で、エドベリーが正義の人から、ダークヒーローになっちゃったんだよな。カレンの影響で、主の為なら手段を選ばない狂犬扱いだ」  雑誌で口元を覆いながら、ジェラルドはぼやく。その隣で真っ黒なサングラスをしたままのユアンは、どっかりと休憩用におかれたディレクターチェアに座り、ふんぞり返っていた。 「私なんて、秘密主義で野心家で、エドベリーの事も捨てゴマとしか思ってない非情の国家権力者扱いになった」 「でも、その、アンタッチャブルっぽいのは、ちょっと違うと思うな」  呆れるジェラルドに、ユアンは年よりぶった作り笑いをしてみせる。線の細い彼にゴットファーザーの太い葉巻は似合わなさそうだ、とジェラルドは思った。 「すいません。取材、いいですか?」  スタッフとわいわい言いながら時間を潰していると、噂のTVガイドスタッフがカメラマンと連れだってやってくる。それまでマフィアのボスごっこをしていたユアンとジェラルドだったが、彼らの姿を認めると、空いているディレクターチェアを用意して、きちんと座りなおした。  ネット配信するCM程度の映像なので、インタビュアー一人とちょっと高級なハンディカムを持ったカメラマンが一人。  取材というもの自体にユアンは慣れていて、強い日差しにも関わらずサングラスは内ポケットへと仕舞い、営業用の笑顔でインタビュアーとカメラに向き直る。一方でジェラルドは尻の座りの悪さを感じ、何度も椅子に座りなおしたり、視線をあちこちに向けたり、組んだ腕の肘を触ったりしていた。 「落ち着けばいいのに」 「慣れてないんだよ。こういうの」  インタビュアーがカメラに向かってアナウンスする間、こそっと小声で云い合う。 「それでは、今日は『スキャンダル』の主演俳優、ジェラルド・ネイサンとユアン・ルイスにインタビューしたいと思います」  カメラレンズが動き、二人はそちらに向かって笑顔を向ける。ジェラルドは一瞬だけカメラに微笑みを見せたが、やはりすぐに下を向いてしまった。 「このドラマは主演俳優陣の華やかさで、茶の間の主婦の心をがっちりつかんだようですが、ドラマの制作にこぎつけるまで、それこそ『スキャンダル』がありましたよね」  インタビュアーはジェラルドに視線を送る。ジェラルドは一瞬返答をためらったが、隣に座るユアンが脇を軽く小突きながら微笑んでいたので、出来るだけリラックスすることを自身に言い聞かせて、インタビュアーを見た。 「それが宣伝効果になった事は確かですが、危ないCMでしたよ。何しろ、ドラマ自体の制作が中止になるところでしたから」 「しかし、助演を女性からユアン・ルイスに変更し、あなたを主演に得たことで、このドラマは急激な進化を見せましたね」  インタビュアーの勘違いにジェラルドがどう答えようか困っていると、ユアンが苦笑して言った。 「順序としては逆ですよ。ジェラルドが先に決まっていて、私が後でオーディションを受けたんです」 「オファーでは?」 「いいえ。私が、希望したんです」 「それもヒロインで」  ジェラルドは横を向きながら、ぼそっと言う。インタビュアーは聞き逃さなかった。 「え? ヒロインオーディションですか?」 「驚くでしょう? 俺もそれを聞いた時はびっくりしましたけどね」 「女装しようかとまで考えました。それほど、彼と仕事がしたかったんです」 「ジェラルドを知っていたんですか?」 「ええ。本人は自分を無名だ無名だというんですけど、機会に恵まれてなかっただけです。素晴らしい俳優なんですよ。それだけじゃなく、人間としても、とてもいい男です。彼の周りにはいつも人がいて、楽しさがある。パイロットを作る間、私達は演者も制作者も、一体となって作品に没頭し、仕事の合間でも濃密な交流をしていました。その中心には、いつもジェラルドがいるんですよ」  ユアンはとても嬉しそうに言った。  ジェラルドにしてみれば、前にも言われた褒め言葉だが、当の本人の真横で、聞き手の第三者にべたべたに言われると、どうにもこそばゆい。それでも嬉しくないかというと、そんなことはないので、何気なくにやける口元を大きな手で覆い、視線をあさっての方向に向けた。  彼の様子を、遠くからドラマスタッフが無言で揶揄っている。ジェラルドは彼らに向かってアヒル口で眉をしかめてみせた。  その様子をちらりとユアンは横目で確認する。 「いいスタッフと出会えるかどうか。それはドラマを続けて行く上で最も重要なことです。その点において、このドラマは非常に恵まれた環境でスタートしたと思います」 「スタッフの連携。それがこのドラマの面白さに繋がっているんですね?」  インタビュアーの問いかけに、ジェラルドはすぐにインタビューに意識を戻す。 「ユアンは俺の事をそう言ってくれるが、それだけじゃない。作品を作り上げることの面白さを俺やスタッフに教えてくれたのはユアンで、彼は偉大な俳優だ。妥協を許さず、その場にいる全員と刺激し合って、監督や脚本家とともにドラマを演出する。そのくせ、自分をことさらよく見せようともしない。ドラマの中で、スポットライトを浴びたいという自意識を満たすことがどれほど無益かを知っている。とても聡明で……美しい人だ」  にやっと笑いかけるジェラルドに、ユアンは少し頬を赤らめて目を見開く。  普段あまり動じることがないので、その顔には逆にジェラルドの方が内心動揺してしまった。  二人のインタビュー自体は五分もしないうちに終わる。  ユアンは丁寧にインタビュアーに礼を言ったが、彼らが去り、監督や、他の俳優へのインタビューへと向かうのを見送ると、ジェラルドに背を向けてさっさとその場を去っていこうとした。 「なんか怒ってるのか?」  あまりのそっけなさに、ジェラルドが背後から声をかける。売られた褒められ合戦に、意地悪な仕返しをしたのが気に障ったのかと思ったのだ。  ユアンはピタッと止まると、とても困った顔のままはにかんで振り向いた。 「君に褒められて……今はカレンに戻れそうにないから、本番始まるまで、少し頭を冷やしてくる」  また踵替えして去っていくその後ろ姿を、ジェラルドは見送る。 「その顔は……反則だ」  それはジェラルドを湯だてるのには十分すぎるほどの可愛らしさだった。

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