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第17話 パイロット②
その封筒がユアンの手元に届いたのは、TVガイドのインタビューがネット上に公開されて少しした頃、ドラマは第四話の撮影がはじまり、第五話から暫く、撮影現場がニューヨークへ移るという話が出ていた時だった。
封は開けられていた。中身も既に確認済みだ。
休憩場所代わりに提供された喫茶店で、外を眺める。外では撮影が行われている。既に出番の終わったジェラルドとスタイリストが携帯のゲームで遊んでいた。
楽しそうだ。
いつもなら、その輪の中にユアンもいた。当事者ではなくても、楽しげな様子を傍で見ていた。しかし、今はそういう気分にはなれなかった。
テーブルの上の携帯を見る。さっきまで、ジョンからの電話が入ってきていた。
『君は、親父さんの事件の事をきいたか?』
ジョンはそう尋ねたが、聞いてはいない。エージェントからアシスタント経由で渡された、この青い封筒で知った。
封筒の中身は、マンチェスターの刑事法院からの召喚状だ。といっても、ユアンが罪に問われているわけではない。父親、ジミー・ルイスの訴追について、ユアンに検察側の証人として出廷を求めているのだ。
ユアンは少し冷えたコーヒーを口にすると、もう一度、封筒から召喚状を取り出す。眺め読んで、投げ置いたその紙には、ジミー三十年近く前に犯した、レイプ事件について、今、訴追されている事が記載されていた。
イギリスでは、一四歳未満の子どもと道徳上不適切な関係を結ぶ、またはそれを他者に唆した場合、正式起訴に基づく有罪宣告の場合にあっては二年以下の拘禁、略式起訴に基づく有罪宣告の場合は六か月以下の拘禁または所定の額の罰金と決まっている。
これがここ二年ばかりの間に改正され、境界年齢が一六才に引き上げられた。
ジミーは当時十五歳だった少女と、五年にわたって関係を続けていた。
イギリスには時効が存在しない。境界年齢が引き上げられることで、一五歳の少女と淫行したジミーは、対児童淫行法違反で訴追される事になったのだ。
略式起訴の段階で有罪答弁をしていれば、プレストンの治安判事裁判所で終了、のはずだった。だがジミーは、自分は無罪だと主張し、陪審に判断を仰ぐとして、正式起訴を求めたのである。
軽く眼を閉じると、ユアンの脳裏に、彼が八歳の時に目撃した光景が浮かぶ。
少女は近所に住んでいた。ユアンと幼い妹のベビーシッター代わりに、両親から小遣いを程度の賃金を得て、家へ出入りしていたのだ。
父親と彼女がどういった経緯で関係を結ぶようになったのか知らない。この召喚状にあるとおり、一番最初の関係はそれこそレイプだったのかもしれない。
ただ、ユアンが目撃した二人の行為は、決して暴力的なものではなかった。幼い彼には理解を超えるほどの衝撃的かつ魅惑的な性交渉だったのだ。
愛はあったのかもしれない。
実際、被害者とされる女性の事は、今回の訴追の説明上には出ていない。対児童淫行法の年齢が改正された結果、愛があろうとなかろうと、知られてしまったその事実は社会道徳的に許されない、と訴追されているようだった。
ただ、そうは思う一方で、幼いながらもユアンには、妻も子もある彼が行う行為は、許されざる罪として刻まれていた。
いつか暴かれる、その予感と不安とともに。
『今夜、会おう』
電話でジョンは言った。
ユアンは撮影の関係でニューヨークに移動する為、暫くロスを離れる事と、今回の裁判の為にイギリスへ戻らねばならない事を理由に断った。
『無理するなよ』
そう言ったジョンは、今回の裁判騒ぎによって、ユアンが不安定になる事を恐れているのは明らかだった。『大罪』後の不安定さは、彼を取り巻く支援者に強いトラウマを残しているのだ。
その事を申し訳ないと思うと同時に、過去から解き放たれる事のない要因の一つとして、疎ましく思う面もあった。
そこまで、過保護にされなくてもいいのに。
何かを言えば、弱音や恨みごとになりそうで、ユアンは無言で電話を切ったのだった。
喫茶店の扉が開く軽快な音が響く。
入ってきたのはジェラルドだった。彼は酷く困惑した顔をしていた。
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