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第18話 パイロット③
「ユアン。親父さんの事を聞いたんだが……」
彼と父親の関係が、あまり素直なものではないと前々から感じていたジェラルドだったが、やはりこの期に及んでも、詮索嫌いのユアンが不用意な言葉で不機嫌になるのを無意識に恐れていた。
何を言えばいいのか。
言葉を探しあぐねて、所在なさげに立つジェラルドを、ユアンはしばらく眺めてから、正面の席を勧めた。
「監督にはもう既に伝えてあるが、その件で暫くイギリスへ行かなければならない。向こうの検事から証人出廷を求められていてね」
「証人?」
「父の罪を知っているのは、当事者たちと、行為を目撃した私と、私からその事実を知った母だけだ。英国にいる妹は知らない。母は墓場まで口を閉ざして持っていったから、現在証言できるのは私しかいないんだ」
両親の離婚調停が行われた期間、ユアンは母親の実家であるハスリングデンへ連れて行かれた。幼い妹が理由を問う度、口を固く閉ざしたこと、父のようにはならないと堅く誓ったことを思い出していた。
『私は、自分を止められない。それが君や家族に対する裏切りであろうと、肉の欲求には逆らえない。そういう人間なんだ』
ユアンから事の真相を聞いた母親は、子供たちの前で初めて声を荒げて父親を詰った。それに対し、父親はそう言ったのだ。
母には死んでも理解できなかった。
だが、今のユアンは理解できる。世の中には、目の前の行為が背徳であるとわかっていても、行動を止められない人間がいる。父もそうであったし、ユアンもまた、自分のそういう側面を既に内なる深淵から垣間見てしまっていた。
「当然、撮影に影響は出る。迷惑をかける」
ユアンは静かに、噛みしめるようにゆっくりと、ジェラルドにそう話し、コーヒーを口にする。仕事にプライベートが影響することが、ユアンは何よりも嫌いだった、
「厳しい国だな、イギリスは。俺の親父も、娘ほど年の離れた酒場の姉ちゃんと、いちゃいちゃしてたけどな」
「訴えられてないという事は、一八歳以上だったんだよ、相手が」
場を和ませようとしているのか、本気なのか、ジェラルドの軽い口調に、ユアンは思わず笑ってしまう。ジェラルドのこういう軽い優しさに、ユアンは救われていた。
「実妹は、両親の離婚が成立してからも、父を慕っていた。今回の件は、衝撃だろうな。弟達も、今回の件は、辛いだろう」
ユアンは窓の外にふと視線を移して呟く。
「弟もいたの?」
「父が再婚して、腹違いの弟が二人いる。あっちは弁護側の証人になるだろうから、法廷で睨みあうのは、正直、気が重い。皆まだ一〇代だし、彼らにとって父は愛と尊敬の対象だから、かなりの衝撃だと思う。可哀そうだ」
「あんたはどうなんだ?」
ジェラルドは心配そうにユアンを見て、彼の言葉を待った。
父親との複雑な心理的葛藤を抱えて、裁判の、それも検事側の証人に立とうとしている。それが平気なのか、と。
ユアンはジェラルドの眼を静かに見て、やはり勤めて穏やかに言った。
「どうしようもない人、という言葉は、いい響きだな、ジェラルド。君からその言葉を聞いた時、私はずっと探し求めていた答えを一つ見つけた気がしたよ。どうしようもない人。父は、それだけだ。それだけだった」
ユアンは軽く眼を伏せ、テーブルに置いた手を見つめる。
背徳行為だ、という強い否定感。
それに相反する濃密な愛の行為と、魅惑的な当事者たちへの羨望。
父親の行為は、幼いユアンに処理しきれない程の二律背反の衝撃を与えた。
それを自分の中で整理することができず、ユアンはずっと、父を否定し、自分の中にある彼の血を呪ってあの人のようにならないと潔癖さを自分に求めた。
だが無理だった。
自分の中の父親を否定すればするほど、見えてくるのは自分が彼と同じ性癖を持っているという現実だった。
自分の中の醜い部分を隠しながら『ユアン・ルイスという清廉な俳優』を演じ、表面上は父を尊敬しながら否定する。矛盾の中で、ずっともがき苦しんできた。
ジェラルドが暮れたメッセージは、ユアンにとって天啓だった。
どうしようもない。
人は、父も、自分も、誰も、多かれ少なかれ、そういう部分を抱えて、もがいて、それでも人生を歩む存在だと、彼は存在で伝える。
「ユアン」
ジェラルドの大きな手がユアンの手に触れる。ユアンははっと目をあげた。
「辛い時は、言ってくれ」
「ジェラルド……」
「俺は……皆も、あんたの事が好きなんだ。一人で抱え込むのは、止めてくれよ」
真摯な瞳だった。
心まで居抜かれるほどにまっすぐで、ユアンは眩暈すら覚える。
「うん、ありがとう。大丈夫だ」
ユアンはジェラルドの手に自分の手を重ね、頷いた。
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