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第19話 パイロット④

 ユアンがニューヨークとイギリスへの移動準備のため、セカンドハウスに帰ってきた時、大きなテレビ台の上には、一枚のDVDが置かれていた。  ここ数日をジェラルドのトレーラーハウスや一晩中飲み明かしたりなどで、この部屋で長く過ごしていなかった。戻ってきていても、着替えを取りに帰るか、とにかくゆっくり家で過ごしているわけではない。だから出したとするならジョンが尋ねてくる前の話だが、覚えがなかった。  何のDVDだろうか。  ユアンはテーブルの上に置かれたリモコンを操作して、レコーダーのトレイにディスクを入れる。読み込みまで少し待って、BDボタンを押すと、よく知っているオープニングが流れた。 『クォ・ヴァディス:ネロの時代の物語』。   ユアンは早送りのボタンを押して、いつも見ていたオペラのシーンを頭出しする。  すぐにネロを演じる若いジェラルドの姿が映し出された  ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。  すべてを自由にできる権力を持ちながら、常に不自由だった哀れな皇帝。  彼もまた、自分を自分でどうすることもできなかったのだ。そんな中、唯一の慰みが芸術であり、淫蕩だった。  ネロの、ジェラルドの歌声が響く。  寂しげで、退廃的で、投げやりで、それでいて自分を含めて思うようにならない哀れな人々に、背徳も快楽も、すべて構わないのだと許しを与える。離婚劇を見せつけた両親をどうしようもない人だと笑った彼らしい姿だった。  ユアンはソファに背を預けたまま、うっすらと目を閉じる。 「は…ぁ」  甘く、熱い吐息が漏れる。ゆっくりと自身の喉から顎、唇に手を這わせる。その手に、ジェラルドの手の感触を思い出しながら。 『俺は……皆も、あんたの事が好きなんだ』  まっすぐで、強い瞳がユアンだけを映している。 「…ジェラルド…」  だめだ。  彼は既婚者で、男性で、俳優として自分を慕ってくれている。  だめだ。  そう思うのに、心が、体が、指先が、罪を、犯そうとしている。  彼の声を耳元でささやかれたら、大きなその手で触れられたら、あの大きな体にのしかかられ、強く抱きしめられたなら。そう思わずにはいられない。それがどんな苦痛を伴うものであったとしても、意識を失う程の快楽に違いない、と。 「ん……ぁん…イイ……ジェラルド……もっと」  唇を蹂躙している手とは反対の手で、シャツの隙間から素肌の胸に、腹に手を這わせ、やがて隆起し始めた股間に指を滑らせる。  ジェラルドの声にユアンは犯される。  その淫らな指を思い、背筋を上る快感に震える。ぴんと延びた足先がリモコンの音量ボタンに当たり、音量が上がる。  ジェラルドの歌声のクライマックスとシンクロして、ユアンの快感も高まっていく。 「……………!!」  ユアンは歌声にかき消されるほどの小さな嬉声をあげる。  そうして恍惚のうちに自身をあっけなく弾けさせたのだった。

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