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第25話 言えない罪③

 ジェラルドは自分の腕の中にすっぽりと収まってしまう程、小さくて細いユアンの体を受け止め、腕に力を込める。  会いたかった。  会いたかった。  会いたかった。  無言だが、言葉よりも饒舌で、友との再会と言うには熱烈な抱擁だった。  その事をユアンもジェラルドもすぐに自覚し、はっと我に返り、慌てて離れる。 「どうしてこっちに?」  ほんの少しの距離だったが、全力で走った事と、心臓が高鳴っているせいで、ユアンは少し息が切れている。 「まあ、話せば長いんだけど…」  ジェラルドは照れくさそうに笑い、頭をかきながら少し視線を逸らした。 「今回はたまたま出たが、基本的に公衆電話からの着信は出ないんだぞ。連絡がつかなかったらどうするつもりだったんだ?」 「マンチェスターをぶらっと観光でもして、帰ろうかと思ってた。だけど、ホテルをとろうと思ったら、どこも空きがなくて、空港で寝泊まりすることになるのかと途方に暮れてた」 「当然だ。今週はマンチェスターユナイテッドのホーム試合がある。とれるわけないだろ」 「あ、そうなのか。本当に、電話とってくれて、助かった……」  ジェラルドは自身の行動の軽率さに肩をすくめ、大きなカバンを肩にかける。 「なにしろ、突然思い立って、気がついたら飛行機に乗ってたからな」  ユアンは額に手を当て、ジェラルドを呆れた顔で見た。 「無茶をするなぁ」 「はは。それはいつかの俺のセリフだな」  ジェラルドは笑い、二人は駐車場へ歩きだす。 「時差三時間の距離だったら、ロスからニューヨークに行く程度だろ。そう思って、JFK空港八時発のチケットをネットで買ってた。でも直通便って無いんだな。ヒースローで乗り換えて、そこからマンチェスターまでさらに三時間ほどっていうのは誤算だった。あと距離はともかく、航空運賃がロス・ニューヨーク間と倍額以上違ってて、びっくりしたよ」 「一応、文化圏は同じでも、海外旅行だからな。パスポート、持ってたのか?」 「ネロを撮った時に、モロッコへ行ったからね。その時の10年パスポートがまだ残ってた。ただイギリスは文化圏が同じってのが盲点で、海外接続サービスに加入してないと、携帯が使えなくなるとは思いも寄らなかった。ネットワークゲームもできないから、ずっと入れてきてた映画を見てた」 「本当に、見つけられて、良かったよ」  そう答えてユアンは再び歩き出す。背を向けて先を歩く彼には一つの懸念があった。  ジェラルドは、どうして撮影期間中にイギリスまで単身で来られたんだろう。  撮影スケジュールは、どうなっているのか。  胸によぎる不安の正体を知るのが怖くて、その後は暫く黙ってしまう。  駐車場にたどり着き、車のカギを開けて、ようやくユアンはジェラルドに再び声をかけられた。 「乗って。ちょっと時間はかかるけど、ハスリングデンの自宅に招待するよ」  扉を開けて運転席へ乗る。  ジェラルドは後部座席の扉を開けてボストンバックを投げ入れると、助手席に乗りこんだ。 「免許、持ってたんだ。自分では運転しそうにないと思ってた」 「運転手つきの車を養えるほど金持ちじゃないよ。君は自転車だったよね?」 「免許はあるよ。車がなきゃ、シカゴでは生きていけなかったし。ニューヨークの生活では車はいらないから、持ってないだけ」 「運転してみるかい?」 「やめとく。車線が逆だし。それに俺の免許は国際免許じゃないんだ」 「私のは国際A級ライセンスだ」 「……意外」 「結局はお蔵入りになった映画の為にね、取得した」 「007の出演が来ても大丈夫だな」  ジェラルドの言葉に微苦笑し、ユアンはエンジンをかける。  車はゆっくりと走り出し、ユアンはいつものペースで北へ向かうM56線に入る。暫く走ったところでM60線に入り、遮音壁から時折見えるマンチェスター市街の明かりを右手に、さらに北上していく車からの景色を眺めながら、ジェラルドが尋ねた。 「マンチェスターが実家じゃないんだ」 「戸籍上はそうだけど、もう生家はないよ。今は空港よりもっと南のチェシャー州に父が住む家がある。ただ、父が保釈されて帰ってきているし、関係者とは接触しないように検事から言われてる。今から行くところは前にも言ったかもしれないが、ランカシャーの母が残した実家だ」  ユアンはちらりとジェラルドを見る。彼は何か不満げに口元に手をやる感じで頬杖をつき、高速の外を流れるマンチェスターの街を見ていた。 「まだ20分くらいかかるよ。疲れてるなら、寝てていい」  そう言ったが、ジェラルドは眠る様子を見せない。  ただ、不満げに、何か言いたげに、じっと外を見ているのだった。  ジャンクション18でM66線へ入り、チャタートンウッドで合流したA58線へ入る。まだ日付は変わっていないが、あたりは車の数も少なく、人家の灯も見えない。道路灯の光だけが道路の左右に点々と続いている。月もない、星だけを浮かべる夜空の藍色以外は真っ黒な山の稜線が続いていた。  ユアンはそれでも土地勘があるので、A680の出口もその先のロータリー交差点も間違えることなく、集合住宅や小さな個人商店がぽつぽつと連なるマンチェスターロードを北上していった。そうして入り組んだ細い路地を進み、広大な荘園に面した通りにある、古びてはいるが瀟洒な一戸建ての前で車を止めた。 「ついたよ」  ブレーキをかけ、エンジンを切る。眠ってはいないが、ぼうっとしていたジェラルドは返事が遅れた。  ユアンはすぐには車から降りなかった。ジェラルドもそのまま外を見ている。 「いつまでこっちに? 三日くらいの間でマンチェスター観光するなら、そこまでの足と自宅の一室を提供するよ」  ユアンが言った。その言葉に、 「ユアンは三日で、アメリカに戻れるのか?」  ジェラルドは眼差しだけは少し険しめに、まっすぐ前に向けて尋ねた。  暫く、車内を沈黙が支配する。  その先をユアンは聞きたくなかった。聞きたくないが、知らなければならない。 「ドラマに、穴が開いた」  尋ねる前にジェラルドが言った。  それが何故か、ユアンはすぐに理解した。自分が、ここでずっと足止めを受けているせいだ。 「今週と、来週分はなんとか放送されるが、さ来週は放送できない。このままだと、その次の週も」 「私のせいだな?」  目の前が真っ暗になり、ユアンはハンドルにうつ伏せた。 「あんたのせい…かもしれないが、それより俺は、あんたの親父さんに今、腹がたってる。ジミーの映像をたくさん見たよ。事件についての話はできないらしいけど、自分の恋愛遍歴を美談として語ってた。あんたがここで足止めされて、仕事に穴開けて、苦しんでるのに、親父さんはそうやってのうのうと家で、家族と暮らしてる。ずるいよ」  ジェラルドは仕事に対してストイックなユアンと共に過ごすうちに、今回の事態がどれほど悔しいか、自分の事のように思っていた。  ユアンはハンドルから顔をあげると、シートに体を預けて鼻で笑った。 「それが向こうの弁護士の戦略でね。証人が出廷すれば、今のままだとまず有罪は間違いないから、トライアルまでの時間に出来るだけ父のイメージアップを図り、時間を引き延ばして仕事を優先する私が証人となるのを辞退するようにしむけたいんだろう」 「辞退できるのか」 「法廷で宣誓した訳じゃない。あくまでも検事の要請を受けて、裁判所が証人として呼んでもいい、と言ってる段階だ。多少何らかの罪には問われるだろうが、その場合はエージェントに有能な弁護士でも手配してもらうよ。まあ、そのエージェントにスケジュール管理をまかせっきたのが、まずかったんだけどね」 「調整はしてたみたいだが」 「こっちには問題ないの一点張りで、状況はまったく聞こえてこなかった。ドラマの方に穴が開きそうだったらすぐに言うようには伝えてあったんだが、昔ちょっと、私がアメリカのメディアとの関係がもとで、状態を悪くした事があって。今のエージェントとはその頃からの付き合いだから、私に対してもナイーブになりすぎるし、アメリカメディアに対してもヒステリックなんだ。君に直接状況を聞けばよかったのかもしれないけど、私も予測が甘かったのと、並行して抱えた仕事で謀殺されていた。すまない」 「いや、俺も、いろいろと抱えてて、連絡できなかったから。ごめん。責めてるつもりはないんだ」 「明日、検事に会ってくる。彼らは私に国から出るなと言ったし、たぶんエージェントもそれを受けて状況を知らせないようにしてたんだと思うが、限界だ。これ以上、ドラマに穴を開けることはできない」  ユアンはドアを開け、外に出る。そこから腰を曲げて中を覗き込み、ジェラルドに微笑んで見せた。 「今日はもう遅い。アメリカにはすぐに帰らないんだろう? 明日、検事との話がついたら、午後からのマンチェスターユナイテッドのホーム試合に行かないか? 誰か誘って気晴らしに行こうかとチケットを二枚買っていたんだ。サッカーに興味はある?」 「バスケほどじゃないけど、スポーツは好きだよ。それに俺は、あんたが戻って来なけりゃ、ずっと休日なんだ」  ジェラルドもドアを開けて外に出る。  時計は、すでに翌日の日付を示していた。

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