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第30話 日常を演じる③

 ニューヨークでの撮影は終わり、再びロサンゼルスでのスタジオ収録が始まったのは、ユアンにとって幸いかもしれなかったが、ジェラルドにとっては生殺だった。  結局、ジェラルドが自分の理性と折り合いをつけて出来る最大の愛情表現は、ことごとくスルーされた。勇気を出したキスですら、彼はなかったことだ。彼と一緒に過ごしたニューヨークのホテルでは、感極まって寝ている間に襲ってやろうかとも思った事もあったが、それで関係が完全に壊れてしまうのも、そこまでしてもやはりジェラルドの気持ちを社交辞令的にスルーされてしまうのも、耐えられなかった。 「でも、やりかねないんだよな。あの人」  ジェラルドはトレーラーハウスの天井を仰ぎ見て、ぼやく。  ユアン・ルイスは本当に天性の俳優なのだ。だから自分を押し殺して、なかったフリができる。そういう役柄を、演じきることができる。  ドラマの中であんな甘いキスをしたくせに。  抱き寄せた体は既に期待で熱を帯びていたというのに。  自惚れではなく、ユアンも自分の事を好いてくれている。確信はあった。それなのに、ユアンは最後の一歩を踏み出さない。こちらにも踏みださせない。それは何故なのか。  もやもやとした気持ちを胸に、トレーラーハウスのベッドでジェラルドはごろごろと寝転がったまま頭を抱える。  誰かに話を聞いてもらいたかったが、言える相手がいない。これまで人生の様々な相談相手だった妻にも姉にも、離婚調停中の今、電話するのはナンセンスだ。かといってユアン本人に電話するのは、ナンセンスを通り越して、アホの極みだ。相談した揚句、他人事のように解決策を提示されたら、それをしかねないだけに、考えるだけで想像のつかないダメージで目の前が暗くなる。  そんな時、ふとジェラルドはジョン・カークの事を思い出した。  言うなれば恋敵になるのだろうが、彼の物言いでは、ユアンとはもう別れたような口ぶりだった。だとすれば、かつての恋敵は最も信頼のおける相談相手になる。  ベッドから起き上がり、彼から受け取ったネームカードを捜した。  それはジェラルドが家からまとめてきたカバンの奥、渡された生のDVDが入ったケースに挟まっていた。  このDVDは果たして何なのか?  気になったが、それはまた今度見ることにして、ネームカードに書かれた携帯電話の番号をプッシュする。 『もしもし?』  気だるげな男の声が出た。 「ジェラルド・ネイサンだ。ジョン・カーク?」 『ああ。そうだよ』  そこまで言って、受話器の向こうでごそごそとなにやら動く気配がする。その音が衣擦れだと理解して、ジェラルドは恐縮した。 「取り込み中?」 『まあね。いいよ。終わってるし。それで何?』 「今から会えないか?」 『仕事の話?』 「じゃないと、ダメ?」 『ダメじゃないよ。個人的には君に興味があるしね。ただ申し訳ないんだが、今はイギリスに居てね。ロスまでは最短でも一日は待ってもらわないと』 「話を聞いてもらいたくて」 『かまわないよ。ちょっと待ってくれるかい? 服を着たいんだ』  ごとん、という携帯をテーブルかどこかに置く音がして、ごそごそという衣擦れが再び聞こえる。その合間に電話の相手を問うジョンのお相手の声が小さく聞こえる。女性と言うには少し低い声だったが、プライベートなことなので、ジェラルドは努めて意識から排除した。  足音が響く。相手に配慮して、ジョンは場所を移動したらしい。 『はい、お待たせ』  そう言われて、いざ話そうとするが、ジェラルドは何から話していいかわからなかった。 「ユアンから、心の内を聞きだすには、どうしたらいいのかな」  考えた挙句出てきた言葉に、暫くジョンは沈黙する。 『ストレートに伝えてみたら?』 「伝えた。なのになかったフリだ」 『実力行使』 「残すは強姦で訴えられる事を覚悟のセックスかな。でもそれすらスルーされそうな対応なんだけど」  また、沈黙。その後で、深いため息のような吐息。煙草を吸っているのだと気付いたのは、唇の動きが発する独特な破裂音を聞いたからだ。 『相変わらず、融通がきかないというか、複雑な男だな』 「昔から?」 『妙な拘りがあるみたいでね。詳しくは俺も探った事はない。探ろうとすると逃げるし、逃げられて、どこの馬の骨ともしれん奴を相手に、現実逃避されても困るから、触れた事は無いんだ』 「彼の真実は、どこにあるのかな?」  その問いには、ジョンもこれまでよりも長い沈黙でしか答えられなかった。  受話器の向こうで、ひと際大きなため息をつく。 『本当に生まれながらの俳優なんだと思う。自分でも気がついてないと思うが。そうやっていろんな事を巧妙に演じすぎて、自分でもどれが自分の真実か、わからないんじゃないかな。だが、だからこそ、真剣に向き合ってるドラマの中で、彼自身が気付かない素部分が出ていることもある。彼を知りたければ、そういう観点で、彼が演じる、彼という作品を、見るしかない。たぶん、君になら、見極めることはできるんじゃないか』 「俺が?」 『ユアンにとって、君はそういう相手なんだと思うよ、俺は』  そこまで言って、ジョンはベッドのお相手と何かを話したようだった。 『あ、ごめん。なんか呼ばれてるんで、いいかな』 「あー…うん。ありがとう」 『いや。今度は仕事の話で、是非、会いたいね』  そう言って、ジョンの方から通話が切れる。 「ユアンが演じる、ユアンと言う作品、か…」  呟き、ジェラルドは不通話音が響く携帯を切る。そうしてブラウザを立ち上げて、そこに落ちている彼の動画を捜した。

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