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第31話 本性を暴く①
「誰?」
ユアンは素肌の肩にシャツをかけただけの姿でベッドに座ったまま、不機嫌に尋ねた。少し離れたところで電話をしていたジョンが、自分の名前を口にしたからだ。
ジョンはベッドサイドに座り、ユアンの唇に軽いキスを与える。さっきまで吸っていた煙草の苦みに、不機嫌なユアンの顔はさらに曇った。
「知りたい?」
ユアンはふいっと顔を背ける。その姿をジョンは呆れた様子で眺める。相変わらずだな、と思いながら。
イギリスに戻ってきているから会いに来い、とユアンがロンドンからジョンを呼びつけたのは昼過ぎの事。ジョンがハスリングデンにある彼の家に辿りついたのは夜遅く。夕食も食べに行けないまま、ジョンはいきなり玄関先で求められ、そのままユアンに抱かれる羽目になった。
抱くのか、抱かれるのか。
その違いは長い付き合いでよく知っている。後者を選ぶ時は彼が何らかの生理的事情で心と体が疼いている時だ。前者を選ぶ時は、頭の中がストレスで混乱をきたしている時である。
「今日、何があった?」
ジョンは優しくユアンの肩を抱き、尋ねた。
「……証人尋問」
「ようやくか。それで?」
「ウンザリだった…」
ユアンは死んだ魚のような目で言った。
検察からの求めに応じて、被害女性とともに、ユアンは忘れもしない8歳の頃の目撃情報を話すことになった。あまり踏み込み過ぎれば感情的になってしまいそうで、できるだけ淡々と、客観的に、事実だけを証言した。
それでも、父親の潔白を信じている弟たちや、彼の支援者達には非常な衝撃を与えた。彼らは検察側の証人を目の敵にし、弁護士はそれに追従した。30年近く前の出来事に対して、証人の記憶違いや、証人以外の物的証拠が残っていない事を攻め立てたのだ。
その過程でユアンは自身と父親との確執をずけずけと言われ、現在父がそういった行為をしないのは今の妻との間に愛があったからで、今は亡きユアンの母とはそもそも愛情が無かったから浮気に走ったのだ、まで言われた。
もともと裁判というものに手加減はないことはある程度覚悟していたが、今は亡い人間を侮辱されるのには、ほとほと嫌気がさした。
その上、父親が自分は真実の愛に目覚めたので、今はもうそんな事はしない、と言った事には、年齢のせいでたつモノがたたなくなっただけだろう、と指を突きつけて叫びそうになった。
ユアンはよく知っている。父は自分と同じだ。本質的には自分の欲求に正直で、淫乱で、放埓で、傲慢で、背徳と言う海の中で泳ぎ回らないと呼吸のできない大魚のようなものだ。それを偽る姿が、ユアンにさらなるストレスを与えた。
ただ、救いがあるのはそんな茶番劇に流されることなく、裁判の流れは『レイプ』が成立するか否か、という論旨が一本貫かれていたことだ。弁護士はその点から、陪審員の意識を逸らせようとしていたようだったが、検事はユアンが思っている程ボンクラではなかった。
「陪審の結果は?」
「さあ…。興味ない。気分が悪くなったから、結果も聞かずに帰ってきた。そのうちニュースでやるだろうさ」
「でもお前を悩ませているのはそれだけじゃないだろ?」
「何?」
ユアンはジョンを睨みつけるように見た。
「さっきの電話。ジェラルド・ネイサンからだ」
「何故、あなたが彼を知ってるんだ?」
「探したから。TVガイド見たよ。君をあんなに綺麗な笑顔にする男は、どんな奴か見てみたかった。名刺を渡してたからな。君との関係を巡って、悩んでるみたいだったよ。俺と体だけのその場しのぎの関係続けてないで、素直になればいいんじゃないか?」
「それは、できない」
「どうして? 怖いのか?」
ジョンのからかいめいた言葉に、ユアンはますます鋭い睨みを返してくる。
「傷つけたくない」
「俺ならいいのに? ヒドイやつだな。だがユアン、お前がそうやって態度を保留にしている事は、結果的には彼を傷つけている事にならないか?」
「それは……」
「親父さんと、違う生き方をしたいんだろう? だったら臆病に逃げてないで、彼に、自分の本性を見せてやれよ。それでまた壊れたら、俺が引き取ってやる。長い付き合いだからな」
優しく肩を叩くジョンを、ユアンは一瞬すがるような目で見る。
ジョンはにやっと笑って言った。
「ま、お前が覚悟を決めようと、決めまいと、彼は遠からずお前の本性を知ることになると思うが」
「どういう事だ」
「彼に渡したんだよ。ディレクターズカット、『大罪』の無修正生映像DVDをね」
その言葉を言い終わった瞬間、静かな部屋に大きな破裂音が響いた。
「なんてことを!」
ユアンは目を見開いて怒っていた。
どんなドラマでも、演劇でも、映画でも、もちろんジョンとの関係でも今まで一度も見せた事のない本気の激怒。
ああ、やっと最後に彼の心の一端を見ることができた。
ジョンはひっぱたかれた頬の熱さ手をやり、にやりと笑って、口の中に広がる血の味を楽しんでいた。
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