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第3話

花束を作り終え、アレンジメントに取り掛かろうかとしていた時だった。 仕事中いつもは鳴らない携帯から音楽が流れた。 珍しい事もあるものだ。 手を休め通話ボタンを押した。 「……………え?」 聞こえたのは秀隆の声。 秀隆が電話してくるのは初めてだ。 震えながら紡がれる言葉。 嫌な予感がする。 「今スグ病院に来て?」 そう言われ 「すみません。病院に行ってきます!!」 慌てて俺は秀隆が言った病院にタクシーを飛ばした。 病院は混雑していた。 救急車や担架で運ばれる人達で忙しない。 生臭い血の臭いが充満している。 どうやら高速道路でバスが横転して玉突き事故が発生したらしい。 だがそれと秀隆と何が関係しているのだろうか。 まぁ電話出来た位だから秀隆は大丈夫なのだろう。 友達が巻き込まれたのかな? なら何故父親じゃなく俺に電話したのだろうか。 受け付けに近付くと 「アヤちゃん」 秀隆がヨロヨロと走ってきた。 左足首と頭に包帯がされていて、アチコチに擦り傷もある。 「ちょっ、秀隆。大丈夫?」 どうやら完全に巻き込まれていたらしい。 慌てて近くの椅子に座らせた。 「何があった?」 玉突き事故とは聞いたが、詳細は知らない。 被害者に聞くのが一番だろう。 「皆で車に乗っていたんだ。お母さんの実家に行く為に」 え、皆? 皆ってまさか、家族か? 「そしたら突然凄い音がして前を見たらバスが倒れていて。僕達の車はスピードを落としたんだけど、何か分からないけど突然後ろから衝撃があって。気が付いたら病院に居た」 話を纏めるとこうだ。 バスが横転した後、高速道路では殆どの車がスピードを緩めた。 だが、どうやら余所見運転をしていた車が猛スピードで車に衝突したらしい。 で、そのまま抑えきれなかったスピードが玉突き事故を発生させた。 そしてその中に秀隆も含まれていた。 「なぁ、秀隆。アキちゃん。啓史さんとお母さんは何処に居るんだ?」 病院に子供が一人で居るのはおかしい。 子煩悩な彼は絶対此処に居る筈だ。 なのに居ない。 それは何故だ。 ドクドク鳴る心音。 あってはならない予感が頭を過ぎる。 「コッチ」 秀隆に連れられて向かった先は手術室。 「お母さんとお父さん今中に居る」 そう言われた瞬間 「アヤちゃん?」 クラリ目眩がした。 震える身体と流れる変な汗。 怖くて不安で瞳が潤む。 本来ならば大人の俺の方が大丈夫だよと言って秀隆を慰めなければならないのに 「アヤちゃん」 俺の方が秀隆に宥められていた。 情けないが、どうしようもない。 余裕なんてない。 彼を失ったら俺は生きていけない。 アキちゃんだけが俺の全て。 彼の居ない世界なんて空虚だ。 何時間待合室に居たのか分からない。 職場に現状を説明すると、そのまま休んで良いと言われたのでお礼を言った。 祈る様に見詰める手術室の扉。 最初に出て来たのは奥さんの方だった。 顔に白い布が置かれている。 それが意味するのが何かを知らない程無知ではない。 彼の愛する人が亡くなった。 隣を見ると秀隆が涙を流していた。 再び閉まった扉。 それから暫くして出て来たのは担架に乗せられたアキちゃん。 病室に運ばれた。 昨日俺を抱き締めてくれた逞しい腕と全身に巻かれた白い包帯。 真っ青な顔にいつもの血色はない。 「アキちゃん」 泣きながら頬に触れたら 「何泣いてんだよ?」 掠れた声で彼が口を開いた。 「心配掛けてごめんな。大丈夫だから。俺はお前と秀隆を置いて何処かに行ったりしない。なぁ、可奈子(かなこ)は何処だ?アイツ大丈夫か?」 そう聞かれて泣きそうになった。 言える筈がない。 可奈子さん、奥さんが亡くなったなんて。 言い淀んだ質問に 「お母さんは大丈夫だよ。だから安心して休んで?」 笑顔で告げた秀隆。 俺より精神年齢が大人だ。 泣きたくて堪らないだろうに必死に誤魔化している。 お父さんに心配を掛けない為に。 だが、それで全てを理解したのだろう。 「……………そうか……」 彼は涙を流した。 「なぁ彩愛。もし俺に何かあったら秀隆を頼んで良いか?頼めるのはお前だけだ。俺の代わりに秀隆の傍に居て守って欲しい」 何故彼は今そんな事を言うのだろうか。 「頼む」 愛しい人に頭を下げられて誰が拒めようか。 「良いよ」 答えると 「ありがとう」 彼は泣きそうな顔で笑った。 その後医師に退室を促されて俺と秀隆は病院を後にした。 取り敢えず一度帰宅して入院の準備をしよう。 着替えを用意する為秀隆と一緒にアキちゃんの家に向かった。 秀隆は俺と違い、殆ど泣いていない。 多分泣くと心配されると分かっているからだろう。 強くて優しい子だ。 だけどこんな時位我慢せず泣いても良い。 なのに必死にいつも通りに振る舞う姿がいじらしくて愛おしく感じた。 アキちゃんにとって大切な存在は俺にとっても大切だ。 ふわり頭を撫でると不安を少しでも減らす為 「今日は一緒に寝ようか」 提案すると 「うん」 秀隆は喜んだ。 その日入院の準備を全て終わらせると俺はそのままアキちゃんの家に泊まった。 翌朝一緒に病院に向かうと病室に彼は居なかった。 集中治療室に居ると聞かされ慌てて足を向ける。 病室に戻された彼は昨日話したのが嘘みたいに目を覚まさなかった。 戻らない意識。 昨日より悪い顔色。 繋がれた点滴や沢山の機具。 痛々しい姿に不安で潰れそうになる。 大丈夫だ。お父さんはスグ目を覚ますからね。 そう秀隆に言ってあげなければいけないのに、喉がカラカラで声が出ない。 「アキちゃん」 そっと点滴の刺されていない方の手を握る。 「起きて?」 柔らかな声色で話し掛ける。 さっきから怖くて堪らないんだ。 このまま目を覚まさなかったらどうしようって。 考えちゃ駄目なのに、弱気になってはいけないのに、不安で涙が溢れるんだ。 せめて声が聞けたら、目を開けてくれたらこの不安は消える。 大丈夫だよって、安心させて欲しい。 まるで秀隆を俺に託すような昨日の言葉。 あれじゃアキちゃんが死ぬみたいじゃないか。 そんなワケない。 だってアキちゃんは此処に居る。 きっともうすぐ目を覚まして、なぁ~に泣いてんだよって笑ってくれる。 だから心を強く持とう。 不安そうに彼を見詰める秀隆の肩を抱き寄せると 「一緒にお父さんが起きるの待とうな?」 優しく声を掛けた。 結局その日彼は目を覚まさず、3日後この世を去った。 28の若さで亡くなったアキちゃん。 残された秀隆は彼の要望通り俺の養子として俺の家で引き取る事になった。 26の冬。 俺は世界で一番愛する人を亡くした。 後を追いたかったのに彼は俺に秀隆を託した。 愛する人の宝物。 両親を亡くしたにも関わらず必死に気丈に振る舞う小さな子供。 寂しくて哀しくて泣く俺を大人顔負けの優しさで慰めるいじらしい姿に俺は何度も救われて、そしてこの子を一生守っていこう、心に決めた。 こうして俺は愛してやまない大切な人を失くし、唯一無二の大切な存在を手に入れた。

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