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第2話
そうして何度も失敗を繰り返し、
ただ、日時だけが進んでいくのを見送るだけの生活に自分への苛立ちが募っていく。
人の殺し方など、ネットや本に書いてあるわけがない。
それでも藁にも縋る想いで少しの時間でもできるたび、何度もいろんな場所を訪れる。
ひたすら方法や道具を手に入れては調べた。
しかし、どれも当てにはならない。
試した日には酷い失敗に終わってしまい、
普段よりも酷い目に合わされた。
なにが、自分で考えてくるように…だ、。
思い付く限りの悪態を男へつく。
あの白い錠剤や注射が、日常の中でも頭を覆い尽くす。
隣には、いもしないはずの男が変わりなく、
にやにや、笑みを浮かべながら腰掛ける。
「そんなんじゃあ、駄目だねぇ」
「おっ!これならいけるかも。
…なぁんてね。」
自身へそう囁く声が聞こえてくるたび、身体の震えや汗に貧乏ゆすりがやめられず、
周囲から不審な目を向けられ、結局、まともに調べることもできずに終わった。
半ばヤケクソで本当かどうかも分からない話を聞き高い金を支払い、詳しく教えてもらった路地を歩く。
サラリーマン風の売人から手に入れた重たい違法銃を予習を繰り返し、震える手で持つ。
男の後頭部に押しつけ引き金を引く。
ただ、カチカチ、軽快な鉄の音だけが部屋へ響く。
鉄屑を床に投げ捨て、急いで首を絞めようと手を伸ばす。
その腕を捕まれ、床へ引き倒されてしまい、
「危ないねぇ、よしよし。
今日は頭使えたんだ。よくできましたぁ。
でもさ、安全装置外れてないね」
男が転がった銃を拾い上げ、感心した様子で、
安全装置を外した黒光りする銃口を頭に押し付け、引き金を引く寸前で離れていく。
男の愉しそうな悦に浸る声と荒い息が部屋に響いた。
その日は酸欠で意識を失うまでそのままだった。
どうせ、…救われないのなら…。
すべてを諦める想いを込めて、自宅から購入した灯油をかぶり家を出た。
あえなく異臭で騒がれてしまい、職務質問を受け、拘置所で一夜を過ごすことになってしまった。
時間を無駄にしてる場合じゃない。
はやく、…どうにかしなければ、ずっとこのまま、あの男に。
両手の爪がボロボロになるのも構わず、かみ続け、全身を搔き続けながらもようやく、保釈された自分を大声で笑いながら見つめ、
「いや~…ほんと馬鹿だねぇ」
ぱちぱち手拍子をし言い放つ、立ち塞がる男の横を通り過ぎようとした。
次の瞬間、力強く腕を掴まれ肩を組まされ、
男のお気に入りの店に連れ込まれる。
いつもの男曰く「特等席」に座らされた。
ぶるぶる揺れる膝に青白い両手を乗せ抑える。
また、この日がやってきた、どうして…殺せなかった。
忌々しいほどキラキラと頭上で、七色に光るボールまるで支配者のように腰掛ける男。
べタベタ、露出した肌を纏わりつかせ、ボトルを開ける人間も煩わしく鬱陶しい。
振りほどくことは容易だが、どんな目に合わされるのかわからない。
ただ、静かに男の声を聞き漏らさないため、
煩く鼓動する心臓と甲高い耳鳴りの中、じっと待つ。
「さぁて…、今度はどこにいれようか。
でも、そろそろ服で隠せなくなってきてるから。」
「あ~あ、そうだ。
爪を何本剥がしたら気絶するか、試してみるか。
俺は優しいから特別に考える時間あげようね」
「きゃあ~!
ねぇ、爪を剥がすなら私がやりた〜い」
「えぇ〜、ねぇ~、それよりぃ。
お薬、キメてゲロゲロ吐いてる方が面白くなぁい?
そっちにしようよ?ねぇ」
選ぶはずの自分には目もくれず、勝手に男へと、
自分の処遇を次々に甲高い声で、提案する人間にも劣るひとでなしどもを横目に、与えられた少ない時間で、血が滲む絆創膏がついた両手を眺めながら、
どうするか考え続ける。
楽しみは最後にとっておくと意味のわからないことを言った男によって、まだ何も入れられてない、背中や胸を差し出し、今の治りかけの爪剥ぎを避けるか、
両手の痛みに耐えながら凶器を持ち、
男の命を奪えることを期待して、これ以上男のあの醜い痕跡を刻まれるのを避けるか…。
必死に考える間も聞こえてくる声が選択を迫る。
「ひと~つ」「はやく!はやく!」
「爪にしときなよ~ねぇ?」「ふた~つ」
こべりつく甘ったるい声や臭いに迫りくる時間が、ますます焦りを生み出す。
どうして、…こんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
もっと、見た目も中身も良い人間が、たくさんいるはずなのに、どうして、自分なんだ。
僅かに残った思考で、どちらも嫌だが、
また碌な睡眠も食事も摂れずにふらふらで、
この男の命を狙ったところで、ズルズルとここへ、連れこられる日が訪れ、どのみち、また選ばされる。
ーあぁ、そうだ。
まだ、他にも耳や足のひらが残っている、…大丈夫。
次までにこいつを殺せば、
ーもうこんな目に遭わなくても済む…。
でも、もし、また失敗したら、脳裏に過ぎる声を振り払う。
「お願いします。爪は剥がないで…。
あなたの好きなように印を彫ってください」
ボサボサの頭をテーブルに擦り付けるほど下げ、
今にも死んでしまいたいほどの屈辱や敗北感、
怒りで震えが止まらない身体を押さえ、頼み込む。
以前、お願いの仕方をしくじり、男の機嫌を損ねてしまい、このお願いは聞いてもらえず。
両隅に座る女たちに、鈍く光るペンチで、じわじわ爪を剥がされ、薬を何本も打ち込まれ、気が狂いそうになりながらもどうにか終えた。
フラッシュバックする光景に、全身から血の気が引いていく。
息も荒くなり気が狂いそうなまま、男の言葉を待つ。
「よし、よし。
そんなに震えなくても良いのに、可哀想だなぁ」
そう思うのなら解放してくれ!
また、あの醜悪な笑みで、じっとりとした獰猛な目つきで見下ろす。
心底、楽しげな男に、食いしばった音をたて歯が軋む。
「あ~あ、…よし。
今回は、右耳三連ピアスを一気に開けちゃいま〜す。
おい、もってこい。」
「ざぁねぇん。
じゃあ、じゃあ!あたしがうちたーい!」
「これはだぁめ。この人に痕をつけるのは俺だけ」
「ケチ!」「ケチ〜!」
近くに控えていた黒服に、指示を出した男へ片手を高く上げた女たちが、穴開けの立候補をしていき、呆気なく断われ、あしらわれていることなど気にもならない。
何でもいい、早くしてくれ…、祈るように両手を膝の上で組む。
「お待たせ致しました。
こちら、すでに消毒も済んでおります」
ボーイが持ってきたピンを受け取った男が、距離を詰め、生暖かい吐息が吐きかけられる。
耳へ針を当てる男をただ殺したかった。
「じゃあ、ひとつ」
ぶち、食い破る音が耳の中まで響く。
「ふた〜つ」
ぶち、勿体ぶるようにまた肉が破られ、血が滲み、滴り落ちていく。
「みぃーつ。
終わり、はい、これ付けてね」
ようやく離された耳を押さえ蹲る。
男から手渡された、見掛けないデザインの3つの、ピアスをぬるぬる滑り冷えた手で、どうにか受け取る。
もう、耳が千切れてしまったのではないか?
激痛に耐え、嵌め終え溜め込んだ息をはく。
「かわいそうじゃーん!
よしよし、お姉さんが拭いてあげる」
伸ばされた手を払い、女が何か言っているのを無視して、取り出したハンカチで押さえる。
殺してやる、絶対に、…殺してやる。
もはや、耳の痛みも気にならないほど、湧き上がる殺意が抑えきれない。
男を睨みつけながら纏わりつく女を引き剥がし、腰をあげる。
「いけないねぇ…。
これは今日まで俺から鍵を奪えずに、助けられなかったば〜つ♡。
さっさと、座れ」
「怒らせたら怖いよ〜?ねっ?」
「そうそう!おとなしく座んな?」
血濡れた指先を顔の前で横に振り、駄々をこねる子供を宥めるような声とは、裏腹な冷めた瞳が突き刺さる。
途端に煮えたぎるようだった思いは、掻き消えていく。
ガラス製のテーブルをつま先で叩き、コツ、コツ硬い音をたてる男。
はやく、早く、座らなければ…。
身体がまったく言うことを聞かず、上滑りしていく真っ白な思考、荒い息が口や鼻から吐き出され、
視界が回る。
伸ばしていた両腕を下に引っ張られ、椅子に座る。
男の手に取られた注射器に、大きくかぶりを振り、全身を動かし暴れる。
だが、男の腕はびくともしなかった。
「そぉんなに、2本打ちたい?
はぁ、…欲張りだねぇ。
でも期待には応えないとねぇ。どうしよっかなぁ?」
「あたし!あたしが打ちたい!」
「ピアスも注射も独り占めはずるいぃ!」
耳に届いた言葉に動きを止め、滲む瞳で男へ縋り付く。
「はい、はい。分かった、分かった。
じゃあ、右と左で打ちなぁ。…良かったねぇ。
たまには美人のほうがうれしいでしょ?」
どこまでも男と似た醜悪な笑みを浮かべ、
男から嬉々として注射器を受け取る。
テーブルへ差し出した自分の腕に、少しずつ針を近づけていく姿は、人ではなく、まるで…、悪魔だ。
「じゃあせーの、!」「はい、ぷす〜!」
刺された針から押し出された液体が浸食していく。
ゾッとする寒さ、訪れた高揚感が身体を包み込む。
ぐるぐる、ぐるぐる、は、は、、
回る視界や頭に響くやかましい笑い声に耐えきれず倒れ込む。
床へ落ちる寸前、優しく抱きとめられ、頭に触れる手は力強く固い。
あ、…あ、ゆき、ゆきが…。
ぼた、ぼた涙に、鼻水が流れていく。
覗き込んでくるぼやけた顔へ、
何の役に立たない両腕を伸ばし、何度も宙をかき、ようやく顔に触れる。
「だれと勘違いしてんの。
まったく手間がかかるねぇ」
だれだ…?。わからない…。
真っ白に溶けいく思考、ぼやけては霞んでいく視界。
触れた先のスベスベした肌の感触、ポトリと力が抜けた手に当たる手触りの良い服を何度もなぞる。
硬くゴツゴツとしたものへ頭が載せられた。
「なにが、そんなに面白いのぉ?」
「絶対さぁ。
私たちみたいな柔らかくて、綺麗なほうが嬉しいと思うけどぉ?」
「ざんねーん。ご指名はおれでしたぁ」
「「うざっ〜い!!」」
耳に届く騒がしい声も、七色の光も、
すべて、飛んでいく。
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