8 / 8

第8話

 唯斗は甲斐甲斐しく、俺の上着をハンガーに掛けてくれてる。俺が、ネクタイを緩めようとしたら、いいことを思いついたように言った。   「そうだ…スーツ脱いだんだから、シャワー浴びてきたら?ねぇ、健吾。その間に、紅蘭も出来上がってると思うしさ」  以前やったら、そうしよ、って簡単に言うとったけどやな…。ほんの少しの間が過ぎた。 「今日、泊まっていくでしょ?…何処か予定あるの?」  なんか、愛人と妾みたいな会話やな。 「あらへんけど、急に来たし、ええんか?」 「もちろんだよ…タオルと肌着類の置いているところは、そのままだから」  唯斗はリュックから財布とエコバッグを出した。   「じゃあ、俺、他にも買い物したいから行ってくるね。鍵閉めて出るから、知らない人が来ても開けちゃダメだよ」 「アホ…開けへんわ。ほな、頼むな」  唯斗は楽しそうに、いってきます、って行きよった。ガチャン、って鍵が閉まった音を聞いて、俺は風呂場に行った。洗面台も風呂の中もキレイなもんや。鏡もピカピカや。三段のカラーボックスの一番上が俺の置き場所や。  俺は背が高いからって、一番上にしてくれた。一番下でええのに。ボックスと同じ大きさのカゴの中に、バスタオルとフェイスタオル、パンツと靴下と…あっ、このTシャツ、唯斗のとこやったんや。去年お盆の時、唯斗を俺のバイクの後ろに乗せて京都市内を走り回って、汗かいたから途中でネカフェで着替えて、その汗びしょのTシャツを唯斗のリュックに突っ込んだままやったんや。キレイに洗濯してくれてるわ。それと、俺のお気に入りの歯ブラシの新品と、髭剃りも入ってる。  (おんな)じやん…唯斗は、また俺がここに来るって思ってくれてたんかな…あれから半年も経つのに。  シャワーの後、俺は部屋の窓を開けた。唯斗のマンションは比較的人通りの多い通りに面してるから、原付の走ってる音や人の声とかが聞こえてくる。  あっ、唯斗や。  アイツは、ぎょうさん、何を()うてきてんねん。エコバッグ三っも持ってるやないか。  ?……何か、顔が暗いな。疲れてんのか?荷物重いんか?いや、何か思い詰めたような感じや。  さっきは笑顔やったぞ。    俺のせいか?…俺が来たからか?  けど、アイツは俺に社交辞令なんか言わんはずや。会いたなかったら、迎えにも()えへんし、飯も誘えへんし、泊まっていくでしょ?…なんて言わんやろ。  鍵が開く音がした。俺は玄関に行った。 「おお、お疲れ。悪かったな、疲れてんのに」 「ううん…いつものビール買ってたらさ、他にも飲んでみたいのがあってね、ついついいっぱい買っちゃったよ」  あれ?めっちゃ、笑顔やん…俺の思い違いか?    エコバッグから缶ビールを出して、早速俺に渡してくれた。 「はい、冷たいの」 「ありがとう…」  買うてきたもんを出しながら、唯斗も缶ビールを開けた。 「紅蘭システムって、俺だけじゃなかったよ」 「そうなんか?」 「裏口で料理を受け取った後ね、店でよく見かけてたおじさんも取りに来てたよ。で、思わず挨拶しちゃった」 「そら、そうでもせな、やっていかれへんわな。今の一見の客が来えへんようになって、常連客もどっかいったってなったら、目も当てられんで」 「健吾って、シビアなことも言うんだ」 「俺も世間一般の常識くらい、わかっとるわ」  唯斗はクスクス笑って、紅蘭の料理を座卓に並べた。 「うわぁ、めっちゃええ匂い」  部屋の中は、一気に店の匂いになった。    おいおい、どうすんねん。いつ話し切り出すねん。飯食いながら話すんか?…そうやんな…謝る時はちゃんとせな。いや、謝る前に、ありがとう、が先の方がええやろ。  とりあえず、いただきます、や。腹減って頭回らんわ。  俺は割り箸を割って、かた焼きそばを頬張った。 「やっぱり、旨いなぁ…紅蘭のかた焼きそば、最高やな」 「よかった。健吾に喜んでもらえて嬉しいよ。俺も炒飯食べるの久し振りなんだ」  唯斗もニコニコして炒飯食べてる。 「あのな、唯斗…」  唯斗は、うん?って顔で俺を見た。 「その…今日はありがとう。突然東京来たのに迎えに来てくれて…それから、俺の最後の試合、観に来てくれてたんやろ?…ありがとうな」  唯斗のスプーンが止まった。驚いた顔してる。 「で、こんな俺のことを、好きや、って言うてくれて、ホンマにありがとう」  うん?…唯斗の顔が、強張ってきてんぞ。どうしたんや?  次は、ごめん、を言うで。 「それからな…」 「ねぇ、健吾。先に食べようよ。時間はいっぱいあるんだから。それからゆっくり話そ?…ね?」 「そやけど、今、聞いて欲しいんや」  唯斗は首をブンブンと横に振っとる。 「なぁ、聞いてくれや、唯斗」 「いやだ…聞きたくない」  ご飯粒こぼしながら炒飯を口の中に掻き込んで、必死に拒否っとる。どうしてん…唯斗。 「唯斗、ごめんな」  唯斗は、俺の声なんか聞こえてへんみたいに、次々と炒飯を口に放り込んでる。俺は、一心不乱に炒飯食ってる唯斗を見ながら続けた。 「俺のこと好きや、って言うてくれたのに、お前のチンコは見たない、みたいなしょうもないこと言うて…あの時、お前を追いかけも、見送りもせんと、一人で東京に帰らせて…で、今の今まで何の連絡もせえへんかって…ホンマにごめんやで」  唯斗は、またスプーンを止めて、俺の顔を見た。  お前は、ハムスターか。  ほっぺたに、炒飯山盛り詰め込んで何をポカンとしてんねん。 「もっと、早よ謝ろと思っててんで、ホンマに…けど、どう言うたら一番いいんや…とか考えてたら…まぁ、いい訳やけどな」 「ほれらけ…?」 「ほれらけ?…お前、口に詰め込み過ぎやろ。喉詰めんなや」  唯斗は、今度は大急ぎでモグモグして、飲み込んだ。 「ねぇ、健吾の話しって、それだけ?」 「…そうやで。お前に謝りたかったんや」  何やねん、今度は泣きそうな顔しとるで、コイツは。 「さっき紅蘭行ったらね、カップルが仲良く並んでたんだ。それ見たらさ、健吾が急に東京に来たのって、ひょっとして彼女ができた、とか、結婚する、とか、そんなことを俺に言いに来たんじゃないかって思ったんだ…だから…聞きたくないって言った…だから」  唯斗は、ごめん、って言いながら、口からこぼしまくった炒飯を指で拾った。

ともだちにシェアしよう!