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第二話:ルカ「温かな助けが来る」

小柄な身体を丸めウトウトと眠ったが、寒さが睡眠を妨げ、熟睡はできていない。 こんな山奥の渓谷で足を滑らせ動けずにいる僕に、気がついてくれる人など、いないだろう。 なんとか回復を図り、自力で下山する以外、助かる見込みはない。 二十五歳の誕生日間近。 こんな山の中で死ぬなんて、絶対に嫌だ。 コンテストに出すための写真を撮影しようと、リスを追いかけ、こんな場所まで来てしまった。 そして無様に足を滑らせ、谷底へと転がり落ちたのだ。 幸い、途中で木に引っかかり、足を挫くだけで済んだ。 しかし、背負っていたリュックは、今も数メートル上の斜面の枝に引っかかったまま。 スマホもペットボトルも、あのリュックの中だ。 どうせ、スマホは圏外で繋がらないだろうけれど、手を伸ばしても、棒切れを使っても、届きそうもない。 幸い、カメラだけは無傷で、今も手の中にある。 それだけでも、よかったと思いたい。 ……そうだ、リュックにはΩの抑制剤も入っている。 毎朝一錠、物心ついた頃から、当たり前に飲んでいる薬だ。 抑制剤さえ飲んでいれば、自分がΩだなんて意識することは、ほぼなかった。 昔は、ヒートというものに苦しんだ人もいたらしいが、僕は一度もなったことがない。 よくΩを揶揄うときに言う、甘くイヤらしい匂いだって、ほんの少しも放ったことはないはずだ。 まぁ、二、三日、薬を飲まなくても、特に問題はないだろう、だぶん。 それよりも、今は挫いた足で、この谷から這い上がる方法を考えるのが先決だ。 痛くて、眠くて、寒くて、喉が乾いて、空腹でも、自分でなんとかしなくては死んでしまうから……。 「おーい。大丈夫かー!」 突然、天から声が聞こえ、谷底から上を見上げる。 マウンテンパーカーを羽織った大きな男が、僕のことを見下ろしていた。 山男という風情ではなく、髪も綺麗に整えられた都会的な男性だった。 「す、すみませーん。昨日、そこから、転がり落ちて、しまってー。助けを、助けを呼んで、もらえますかー?」 僕は大きな声を張ったつもりだったけれど、思いのほか弱々しい、掠れた声しか出なかった。 それでもギリギリ、あの男性には伝わったのだろう。 コクリと頷いてくれたのが、わかる。 よかった、助かった。 死なずにすんだ。 そう思ったら、気が緩んだのだろう。 僕は、意識を手放してしまった……。 — それは大きな背中で、とても安心できる温もりだった。 一定のリズムで揺れ、僕をどこかへ運んでくれている。 普段は臆病な僕なのに、どうしてか身をゆだねているものが、自分に害を与えないと信じられた。 いや、夢の狭間にいる僕は、信じるどころか、もう離れたくないと感じるほど満たされた気持ちになって、しがみついている。 僕は無意識に、その温かなものに甘えるような仕草で、自分の頬を擦りつけた。 するとピタリと、歩みが止まる。 くすぐったかったのだろうか。 「ご、ごめんなさい……」 小さな声で、その大きな背中に謝った。 するとまた、一歩一歩、歩み始める。 半分夢を見ているような気分で背負われたまま、僕は気持ち良く微睡んだ。

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