2 / 4
第二話:ルカ「温かな助けが来る」
小柄な身体を丸めウトウトと眠ったが、寒さが睡眠を妨げ、熟睡はできていない。
こんな山奥の渓谷で足を滑らせ動けずにいる僕に、気がついてくれる人など、いないだろう。
なんとか回復を図り、自力で下山する以外、助かる見込みはない。
二十五歳の誕生日間近。
こんな山の中で死ぬなんて、絶対に嫌だ。
コンテストに出すための写真を撮影しようと、リスを追いかけ、こんな場所まで来てしまった。
そして無様に足を滑らせ、谷底へと転がり落ちたのだ。
幸い、途中で木に引っかかり、足を挫くだけで済んだ。
しかし、背負っていたリュックは、今も数メートル上の斜面の枝に引っかかったまま。
スマホもペットボトルも、あのリュックの中だ。
どうせ、スマホは圏外で繋がらないだろうけれど、手を伸ばしても、棒切れを使っても、届きそうもない。
幸い、カメラだけは無傷で、今も手の中にある。
それだけでも、よかったと思いたい。
……そうだ、リュックにはΩの抑制剤も入っている。
毎朝一錠、物心ついた頃から、当たり前に飲んでいる薬だ。
抑制剤さえ飲んでいれば、自分がΩだなんて意識することは、ほぼなかった。
昔は、ヒートというものに苦しんだ人もいたらしいが、僕は一度もなったことがない。
よくΩを揶揄うときに言う、甘くイヤらしい匂いだって、ほんの少しも放ったことはないはずだ。
まぁ、二、三日、薬を飲まなくても、特に問題はないだろう、だぶん。
それよりも、今は挫いた足で、この谷から這い上がる方法を考えるのが先決だ。
痛くて、眠くて、寒くて、喉が乾いて、空腹でも、自分でなんとかしなくては死んでしまうから……。
「おーい。大丈夫かー!」
突然、天から声が聞こえ、谷底から上を見上げる。
マウンテンパーカーを羽織った大きな男が、僕のことを見下ろしていた。
山男という風情ではなく、髪も綺麗に整えられた都会的な男性だった。
「す、すみませーん。昨日、そこから、転がり落ちて、しまってー。助けを、助けを呼んで、もらえますかー?」
僕は大きな声を張ったつもりだったけれど、思いのほか弱々しい、掠れた声しか出なかった。
それでもギリギリ、あの男性には伝わったのだろう。
コクリと頷いてくれたのが、わかる。
よかった、助かった。
死なずにすんだ。
そう思ったら、気が緩んだのだろう。
僕は、意識を手放してしまった……。
—
それは大きな背中で、とても安心できる温もりだった。
一定のリズムで揺れ、僕をどこかへ運んでくれている。
普段は臆病な僕なのに、どうしてか身をゆだねているものが、自分に害を与えないと信じられた。
いや、夢の狭間にいる僕は、信じるどころか、もう離れたくないと感じるほど満たされた気持ちになって、しがみついている。
僕は無意識に、その温かなものに甘えるような仕草で、自分の頬を擦りつけた。
するとピタリと、歩みが止まる。
くすぐったかったのだろうか。
「ご、ごめんなさい……」
小さな声で、その大きな背中に謝った。
するとまた、一歩一歩、歩み始める。
半分夢を見ているような気分で背負われたまま、僕は気持ち良く微睡んだ。
ともだちにシェアしよう!

