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第六話:ルカ「撮れていた写真」
目を覚ましたとき、自分がどこにいるのか分からなくて戸惑った。
「よく眠っていたね。足の痛みはどう?」
やさしい声の主は、すぐ近くから僕を見下ろしている。
「あっ」
一瞬で、谷底に転落した僕を助けてくれた弓削さんの家にいることを、思い出す。
しかも、どうやら彼の膝枕で眠っていたようだ……。
「すごく熟睡できて、疲れは取れました。ありがとうございました」
慌てて身体を起こそうと、無意識に右足に力を入れる。
ズキッと、鋭い激痛が走った。
足の捻挫は、鎮痛剤を飲んで眠ったくらいでは、回復していないようだ。
弓削さんは、僕に肩を貸しトイレに連れていってくれたり、紅茶を淹れてくれたり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
窓の外は、もう暗くなっていた。
雨が降り続いているせいで、より暗く見えるのかもしれない。
命が助かり、食欲、睡眠欲が満たされると、僕は図々しくも別の願望を思い出してしまう。
辺りをキョロキョロし、ここは山奥だけれどネット環境があるだろうかと考える。
いや、間違いなくあるだろう。
親切な弓削さんに頼ってばかりで申し訳ないけれど、今は彼に縋るしかない。
「あの……。パソコンを貸していただくことは、できますか?」
「構わないが、何に使いたいんだい?誰かと連絡を取りたいのなら、タブレットを貸すけど」
「実は僕、カメラマンをしています。といっても、まだまだ駆け出しで。撮影スタジオで働きながら、色々なコンテストへ応募しているんですけど。そのうちの一つが、明日の昼締め切りなので、できたら谷に落ちる前に撮った写真をエントリーしたくて」
「そういうチャンスは大切だ。機密情報があるから、私の仕事部屋には入れてあげられないけれど、ほとんど使用していないノートパソコンを一台貸すよ」
「ありがとうございます!」
「ただし、先に夕飯を食べよう。そうしてもう一度、鎮痛剤を飲んだほうがいい」
弓削さんは、キッチンへ移動し、料理を始めた。
僕は、どうしてか、彼と少しも離れたくなくて、許可も取らず小さな子どものように彼の後ろをついていく。
すると、彼は笑いながら椅子を出し、特等席を作ってくれた。
食材は下ごしらえをした状態で冷凍保存してあるらしく、手早く調理が進む。
目を離さず、ずっと弓削さんの作業を眺めていたから、煮込みハンバーグを作っていることに、早い段階で気づいた。
僕の足を気遣ってくれているのだろう。
夕食は、昼と同じくソファに座り、ローテーブルで食べた。
洋食レストランのように美味しい煮込みハンバーグは、僕の体力の回復を助けてくれた。
ただ、少し微熱が出てきたように感じるが、わざわざ口に出す程でもない……。
—
一眼のデジタルカメラから、ノートパソコンへWi-Fiでデータを送信する。
一枚一枚、撮れた写真を見ていく間、弓削さんは僕の隣に座って、その作業を見守ってくれていた。
ドングリをくわえ、巣穴へ運ぼうとするリス。
木の根元を掘って、ドングリを隠そうとするリス。
枝から、枝へ、飛び移るためにジャンプするリス。
そうだ。このジャンプを連写で撮影していたとき、足元に注意を払うことが疎かになって、足を踏み外したのだ。
でも、撮れていた写真はとてもよかった。
空中にいるリスがまるで僕を心配するように、驚いた表情でカメラ目線をくれている。
「これ、いい写真だね」
「はい。僕も今、エントリーするならこの一枚しかないと思っていました。これなら補正をしたりする必要もなさそうだし」
弓削さんが褒めてくれたのは心強い。
足を挫いた甲斐もある。
しかし、彼は意外なことを口にした。
「これ、コンテストに出すのをやめてもらえないか?」
「え?」
「この写真、どうか我が社に買い取らせて欲しい」
僕は言われた意味が分からず、彼の顔を見つめてしまった。
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