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第七話:弓削「これは運命的な出会い」
ついさっきの私が「機密情報が」などと大仰なことを言ったくせに、余分な資料を全て片付けてから、ルカを仕事部屋へ招いた。
他の部屋とは違い、明らかにオフィス感ある造りに、彼は驚いた顔をする。
「私がこんな山奥に引き篭もっているなんて知らない取引先も、多数いるからね。この部屋だけを見たら東京のビルの一室みたいだろ」
「はい、びっくりしています。弓削さんは何のお仕事を?」
「私は、AIに関する会社を営んでいる。そこで、さっきの君の写真だ。この資料を見てほしい。これは新しく始めるサービスなんだが、子どもが何か危ないことをしそうになったとき、AIカメラがそれを事前に感知し、アラームを鳴らし教えてくれる。保育園や学童保育で「あっ、危ない」を数秒でも早く知れたら、子どもが怪我をせずに済むかもしれないだろう?」
「僕の捻挫のように」
「そう。もし、この驚いた顔をしたリスが「危ない」と声を出してくれていたら、君は踏み止まれたかもしれない」
「確かに」
「このリスの表情、このサービスのポスターにぴったりだ。ずっとイメージに合うものを探していたからね。「これだ!」と思ったよ。何か運命を感じるくらいにね」
さりげなさを装って、隣にいる彼の肩を抱き寄せる。
ちょっとしたスキンシップのつもりだったが「あれ?」と違和感に気がつく。
「ルカ、なんだか身体が熱くないか?」
「えっ、あぁ……ちょっとだけ微熱があるのかも」
「なぜ、早く言わない!」
思わず大きな声を出してしまう。
彼の匂いは高濃度で充満していて、些細な変化に気づいてやれなかった。
「ご、ごめんなさい」
私は彼を、ソファではなく寝室へ連れていく。
「ここで眠りなさい」
「弓削さんは?」
ルカは私の羽織っているカーディガンの裾を掴み、上目遣いに私を見てくる。
熱があるからだろう、瞳が潤んで頬が赤く染まっていた。
「私がここで一緒に眠るのは嫌じゃない?」
「嫌じゃないです」
そう言うから彼を先にベッドへ寝かせる。
「リスの写真のことは、コンテストに出すか、私に売るか明日の朝までに決めるといい」
コクリと頷いたルカを見届け、各部屋の戸締りや火の始末といった寝支度のために、部屋を出る。
私が寝室へ戻ったときには、彼はもう眠り込んでいた。
ルカを起こさないように、そうっとベッドに潜ると、無意識なのか私の方へ擦り寄ってくる。
熱は高くはないようだ。
湯たんぽのように暖かい彼を、私は大きく包み込む。
何年も一人で過ごし、寂しさなど感じたことはなかった。
しかし、こうした夜を過ごしてしまうと、彼が帰ってなんの匂いもしなくなったとき、寂しさを感じるかもしれない……。
今は彼に対し、安らぐ気持ちと、ムラムラとする気持ちが拮抗している。
いや、僅かに安らぐ気持ちが優っていた。
だから、いつの間にか眠り落ちることができた。
—
朝、むせ返るような匂いで目が覚める。
彼の匂いは大きく変化していた。
ダメだもう、ルカの近くには居られない。
Ωはαを求めているし、αだってΩを自分のものにしてしまおうとする。
寄り添っていれば安心できるなんて段階は、超えてしまっていた。
これがヒートなのかは分からない。
けれどそれに近い状態なのだろう。
私はなんとかベッドを抜け出し、寝室を出る。
外は今日も雨が降っていた。
それでも今、私がルカにしてあげられることは、一つだけだ。
ローテーブルの上に書き置きをして、マウンテンパーカーを羽織り、私は一人、渓谷に向かって歩き始める。
家から離れても、寝室にいるルカの匂いをしっかりと感じとることができる。
私は自分の嗅覚を、初めてありがたく思った。
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