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第2話

それから、秋頼との会話は、少しずつ「特別」ではなくなっていった。最初は、用事があるときだけ。そのうち、理由を必要としなくなっていった。 悠が仕事で遅くなる日「父さんのところに寄る」と言うと、悠は短く頷くだけだった。 「分かった。遅くなるなら連絡して」 それ以上、聞かない。それが、いつも通りで、いつも通りすぎて、胸の奥が微かに軋んだ。 秋頼さんの家は、相変わらず静かだった。 テレビはついていないことが多く、時計の音がよく響く。 「上がりなさい」 その声は、命令でも、遠慮でもない。ただ、受け入れる。 「お邪魔します」 靴を揃えながら、自然にそう言っている自分に気づく。 ——自然。その事実が、少し怖い。 「最近、忙しそうだな」 「まあ……普通です」 嘘じゃない。でも、全部でもない。秋頼は、それ以上踏み込まない。ただ、湯を沸かし、カップを二つ出す。 「コーヒーでいいか」 「はい」 返事が短くなっているのは、緊張が解けてきた証拠だった。沈黙が、苦しくない。話さなくても、場がもつ。揺らさなくても、ここにいられる時間。それが、僕には新鮮だった。 「悠とは、うまくやっているか」 言い方が、不思議だった。探るでも、疑うでもない。確認に近い。 「……はい」 即答してから、少し間が空く。 「うまく、やってます」 言い直す。秋頼さんは、その言い直しを見逃さない。けれど、指摘しない。 「それなら、いい」 それだけで、終わる。だから、胸に残る。 「秋頼さんは奥様が亡くなったとき、淋しかったですか?」 少しだけ踏み込む。 「あぁ…泣けなかったがな。暇があれば仏壇の前にいる。そういうことだろう」 事実を淡々と話す。けれど、言い終えたあと、秋頼の手がコップの持ち手に触れたままほんの一瞬止まる。隠しきれない情。情を知っているからこその孤独。きっと、そこに惹き付けられている。 帰宅すると、悠はソファーで資料を広げていた。 「おかえり」 「ただいま」 「父さんのところ?」 「うん」 それだけの会話。悠は、一瞬だけ僕を見る。長くは見ない。でも、確認している。それが、分かるようになってきた。 「疲れてるな」 「そう?」 「顔に出てる」 それは、責めでも、心配の押しつけでもない。 事実の指摘。 「大丈夫だよ」 そう返すと、悠は頷く。それ以上、触れない。 夜、ベッドに並んで横になる。以前より、距離が少し近い。偶然かもしれない。 でも、そう片づけるには、あの頻度が増えている。 ——悠は、気づいている。 何に、とはまだ、言語化していないだけで。その気配が、じわじわと胸を締めつける。 秋頼さんから、短いメッセージが届く。 「今日は冷える。無理をするな」 それだけ。 返信しなくてもいい。けれど、送り返してしまう。 「ありがとうございます」 メッセージを打つ指に、迷いはなかった。 指先だけがまだ熱を持っている。日常に、混ざってしまった。それを、自覚する。 悠は、隣で眠っている。寝息は、規則正しい。しようとはしてたんだろう。だけど、眠さが勝ってしまった。それだけ。 この人は、揺れない。 揺れないから、壊れない。自分のペースを崩さない。 だからこそ、僕の揺れは、行き場がない。天井を見ながら思う。 揺れていないと、自分がここにいると感じられない。その感覚を、秋頼の前では、少しだけ手放せている。それが、何を意味するのか。まだ、考えたくない。考えたら、戻れなくなる。 でも、日常に混ざったものは、もう、取り除けない。それだけは、はっきり分かっていた。

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