19 / 39
第19話
その夜、俺は待てなかった。
理由は単純、失うことへの恐怖だ。
理性が行動に追いつかない。
今日は休みで一日中、絢聖が隣にいた。
同じ部屋。同じソファー。距離は近い。近すぎて、逆に遠い。
会話は途切れない。今日あったこと。明日の予定。生活の話。
それなのに、俺の中で何かがずっと騒いでいる。
俺は淡白だ。自覚がある。心を乱したくないと常に思っている。
だから、欲を表に出さない。それが、正しいと信じてきた。
でも、今夜は違う。正しさが、役に立たない。
「……絢聖」
名前を呼ぶ。声が低くなる。
意識して抑えていた音が、漏れる。絢聖がこちらを見る。その目が、穏やかで、熱がない。だから、余計に怖くなる。なのに、拒まれない。
拒まれないことが、今夜はいちばん危険だ。
絢聖は、受け入れる顔を決めてきている。揺れていない…それが何より残酷だった。
「……今日は」
言葉を探す。
本当は、言いたいことがある。でも、言えば間に合わないと認めることになる。
俺は言葉を捨て、彼を組み敷く。絢聖の体が一瞬だけ硬くなる。その一瞬を、見逃せない。きっと、これは気質だ。
「……大丈夫?」
けれど、今日は聞きながら、もう進んでいる。
「うん」
キスをする。深く。確かめるための触れ方。これは欲じゃない…。恐怖だ。
絢聖は応じる。でも、舌を合わせてこない。心が、離れていると実感させられる。
一瞬だけ手を止める。ここで止まれば、まだ戻れるかもしれない。でも、何も残らない気がした。
「……悠」
間に合わないと理解している。ただ、それを身体で誤魔化したい。
「……ごめん」
その、絢聖の一言が最も残酷で、俺はその夜余裕を保てなかった。
ともだちにシェアしよう!

