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第19話

その夜、俺は待てなかった。 理由は単純、失うことへの恐怖だ。 理性が行動に追いつかない。 今日は休みで一日中、絢聖が隣にいた。 同じ部屋。同じソファー。距離は近い。近すぎて、逆に遠い。 会話は途切れない。今日あったこと。明日の予定。生活の話。 それなのに、俺の中で何かがずっと騒いでいる。 俺は淡白だ。自覚がある。心を乱したくないと常に思っている。 だから、欲を表に出さない。それが、正しいと信じてきた。 でも、今夜は違う。正しさが、役に立たない。 「……絢聖」 名前を呼ぶ。声が低くなる。 意識して抑えていた音が、漏れる。絢聖がこちらを見る。その目が、穏やかで、熱がない。だから、余計に怖くなる。なのに、拒まれない。 拒まれないことが、今夜はいちばん危険だ。 絢聖は、受け入れる顔を決めてきている。揺れていない…それが何より残酷だった。 「……今日は」 言葉を探す。 本当は、言いたいことがある。でも、言えば間に合わないと認めることになる。 俺は言葉を捨て、彼を組み敷く。絢聖の体が一瞬だけ硬くなる。その一瞬を、見逃せない。きっと、これは気質だ。 「……大丈夫?」 けれど、今日は聞きながら、もう進んでいる。 「うん」 キスをする。深く。確かめるための触れ方。これは欲じゃない…。恐怖だ。 絢聖は応じる。でも、舌を合わせてこない。心が、離れていると実感させられる。 一瞬だけ手を止める。ここで止まれば、まだ戻れるかもしれない。でも、何も残らない気がした。 「……悠」 間に合わないと理解している。ただ、それを身体で誤魔化したい。 「……ごめん」 その、絢聖の一言が最も残酷で、俺はその夜余裕を保てなかった。

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