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第31話

静けさは、思っていたより優しかった。 朝は、問題なく始まる。目覚ましが鳴り、起きて、顔を洗う。何も、張り詰めていない。それが、奇跡のように感じられる。  悠は、いつも通り隣にいる。言葉は、少ない。でも、距離も近い。 触れないが、離れない。それが、二人の新しい形。 食卓に並ぶ朝食。会話は、天気と仕事の話。揺れない話題。それが、悠の安心を生む。大丈夫。これでいい。誰も傷つけていない。 そう、思ってしまう。思えてしまうことが、破滅だ。 日中、一人で過ごす時間。以前なら、揺れていた。誰かの反応を求めていた。 でも、今は違う。求めない。期待しない。それが、楽だと思い始めている。 揺れなければ、誰も傷つかない。でも、呼ばなければ、誰も戻ってこない。同じ位置に立ってくれない。 その理屈が、完璧に証明されてしまう。 夜、悠が帰宅する。 「おかえり」 「ただいま」 そのやり取りに、棘がない。痛みのない生活。それは周りからみたら、救いに見える。 ベッドに入る。背中合わせ。呼吸が揃う。同じ速度で生きる。それが、きっと、正解。 だが、ふと思い出す。 ——揺れていた自分。 ——渇いていた夜。 ——自分の行動、言葉、間の取り方で世界が動いた瞬間。理性を崩せたという実感。 それらが、すべて不要になっている。僕にとってそれは、生きていないと同じ。 でも、引き返さない、戻らないと決めた。揺れなことを選んだ。 選び切った人間は、もう疑わない。それが、最も危険な状態だと知りながら。 数週間が過ぎる。日常は、完成していく。完璧なまでの静けさ。誰から見ても、幸せ。安定していて、問題がない。 悠は、ときどき、見つめてくる。何かを言いたそうに。でも、言わない。言えば、揺れが戻ると分かっている。 自分は、その視線を受け止める。そして、微笑む。揺れない笑顔。固定された安定。それで、すべてを片付ける。 これでいい。これが正解。誰も、壊れていない。 でも、夜中、よく目が覚める。理由は、分からない。胸が、少し重い。原因不明の重さ。 天井を見つめながら、絢聖は思う。救いと、同時に破滅している状況。その二つが同時に成立している。 それに気付きながらも、再び目を閉じる。明日も同じ朝が来ると知っているから。最悪の奇跡。 それが、眠れぬ夜の正体だった。

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