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第2話
第二話
「もしも、」
「あ、ゆみとさんのお電話ですか?」
あー、そうか。朝4時まで店を開け、諸々の片付けをして帰宅したのは4時40分。やっと寝れると気を抜いた瞬間。かかってきた電話をこれまた職業病でとってしまったのが運尽きってやつか。あー。
「うち、新聞は取りません。さよならぁ」
「待って待って、僕ですよ」
「誰?」
いやまぁ、分かってるんだけど。
「王子様です♡」
分かってても、朝4時40分には耐えられないものもあるっつーことで。
「切っていい?」
「冷たい声やめてくださぁい」
「あーはいはい。あの王子様ね。直央くん」
「はい!約束通り電話しました!」
「はいはいどーも、それじゃぁ、」
「待って待って、待って!」
実年齢はもちろん知らないけど、二十歳そこそこであろう電話の向こうの王子様は必死に引き留めようとしている。いやおれだってね、こんな時間じゃなきゃもうちょっとまともな対応してますよ。多分ね。
「あの、すみません、こんな時間に」
「んん…」
「どうしてもゆみとさんと話したくて、こんな時間がご迷惑なのはわかってるんですけど、」
「んんん…まぁ、いいけど」
待ってましたとばかりに電話の向こうの声が元気になった。眠気のせいだろうか、スピーカーにしている電話からキラキラが漏れ出して、おれの質素な部屋にイルミネーションみたいに溜まっていっている。いやそんなわけないんだけど。
「んで、なに。用事でもあんのぉ」
「用事というか…今日、またお店に行ってもいいですか?」
「店?いいけど。おれ、今日は休みだよぉ」
「え!お休みなんですか?じゃあご飯行きましょう!」
「え、ご飯…」
「18時でいいですか?」
「いいけど…」
「じゃあ、場所はショートメールします。楽しみにしてますね」
「うん…」
デートの約束をしてしまった。
眠気でぼんやりした頭で適当に返事をしていたら、デートが決まっていた。いや待て、別にご飯行きましょうと言われただけでデートとは言われてないのか。
そう思い立って直央の声を今一度思い返してみた。楽しみにしてますね…楽しみにしてますね…。
デートだなぁ。これは。
全てが面倒くさくなり、いっそのこと寝過ごしたりしねーかなと心のどこかで願いながら、目覚まし時計をかけずに眠りについた。願いもむなしく、普通に腹が減って13時には起きてしまった。軽食を済ませて準備をして出かけるにはものすごく丁度いい時間だった。
のろのろとベッドを出て、冷凍庫をあけると冷凍のグラタンがポツンと一つ。そういや夜は何喰うんだ?グラタンだったらどうしよう。別にいいか。グラタンすきだし。などと考えながらチン。台所で立ったまま食べ、そのままをシャワー。歯磨きして、適当に髪乾かして…あれ、めちゃくちゃ順調に準備できてんな。
18時、間に合っちゃう。
「ゆみとさんとご飯行けるなんてうれしいなぁ」
「強引な男だよお前は 」
18時。
おれは待ち合わせに指定された新宿三丁目になんとも素直に到着していた。
おれがトロトロ歩いていくと、直央はすでに到着していて、タクシーも手配済みという完璧なエスコートぶりでちょっと引いた。いやありがたいんだけど。おれにされてもなという気持ちと、こいつどんな育ち方してんだ?という気持ちがごちゃごちゃっとなって隣で鼻歌でも歌いそうなほど機嫌のいい王子様はもう見ないふりをした。
「だって、強引に誘わないとゆみとさん来てくれないでしょ?」
「まぁ…そうねー」
「朝4時は流石に迷惑かなって思ったんですけど、もうそわそわしちゃって。こんなの初めてだから」
「あ、そう…」
「ふふ。電話出てくれてよかった」
「…」
「ゆみとさん、手冷たいね」
「末端冷え性なんで」
タクシーでそっと手を繋ぐってのは、ホスト時代おれもよくやったけど。やられる方ははじめてだった。
直央の手は悔しいことに俺より少し大きく、丸めていた俺の手をすんなり包み込んでいた。別に振り解いてやってもよかったんだけど、まぁ、別に。別に。
連れられた店は、意外なことにのれんの掛かった焼き鳥屋だった。
聞けば大学の教授に連れてきてもらったことがある店らしい。そういや大学生って言ってたなと昨日した会話を朧げに思い出していると、ふわりとタレのいい匂いが香ってきた。
「僕としては、はじめてのデートはおしゃれなお店にしたかったんですけどね 」
「やだよ、男2人で。こういうとこでいいんだよぉ」
「でも、初めてのデートなのに…」
あ、やっぱりデートだったんだ。と改めて確認。
「一応聞くけど、…たとえばどこ行きたかったの」
「そうですねぇ。横浜とか?」
めちゃくちゃ王道のデートスポットじゃねーか。
「夜景の見えるレストランとか」
「絶対誘わないでぇ…」
「えー残念…でもまぁ僕は、ゆみとさんと一緒にいられるならどこでもいいですけどね」
昨日の連れの女性に見せていたような笑顔じゃなく、蕩けるような笑顔をおれに向けてくる。
夜景の見えるレストランに2人きりでこの笑顔を向けられたら、本当にどんな女だってこいつを好きになるんだろうなと心から思った。
そんな男がなんでおれだよ。と、これも心から思う。
「お前さ、おれのどこがそんな気に入ったわけ?ゲイでもないくせに」
「うーん、ゲイとかそういうのは分からないですけど、なんだろうなぁ…」
「わかんねーのかい」
「あはは、考えます。…あ、どうも」
最初に頼んだ瓶ビールが来て、直央が受け取る。ビールはそんなに飲まないらしく、2人で分けることにしていたのでグラス2つはおれが受け取った。
お通しできたマカロニサラダは、いかにもこういう赤ちょうちん系の店らしく胡椒が多めに入ってて美味しそうだ。そういや、グラタンもマカロニだったなと絶妙なメニュー被りを面白がりつつ食べている最中も、直央は先ほどの話題を真剣に考えているようだった。
「そんな難しい?」
「だって、昨日の今日だし…多分、煙たがられる?のとか初めてなので、それが快感、みたいな…?」
「あー、あなた、いじめられたい人?」
「いやいや、そういうことじゃなくて、難しいなぁ」
そういって苦笑しながらおれの顔をじっと見つめる直央。負けじと見つめ返してみると、少し狼狽えてそっと視線を逸らされた。
「…ゆみとさんの言葉とか態度って、なんか心地いいんですよね。声かな」
「ふーん」
「あ、」
「あ?」
「運命なのかもですね♡」
「きもいきもい」
「きもッ!?…え、人生で初めて言われました…」
本当にショックを受けてるのが面白くて、堪えきれずに笑った。直央は恨めしそうにしていたけど、綺麗に整えられた眉毛がハの字に下がっていて、それがまたちょっとだけ可愛くて、笑えた。そうかそうか、王子様はきもいなんて言われたことねーか。あー、おもしろい。
「はじめて、奪っちゃった♡」
「もー、ゆみとさん!」
年下のイケメンと飲むのは意外にも面白くて(というか直央が変わってる)、焼き鳥は美味しくて、あんなに面倒くさく思っていた「デート」は案外楽しかった。
直央は渋谷にキャンパスがある大学の2年生で、国際なんとか学部に通っているらしい。モデルの仕事を始めたのはスカウトがきっかけで、本人は別に芸能人になるつもりはないらしく、都合よく稼げるバイト感覚なんだとか。
「おまえ、そんなに自分に自信あるくせに芸能人になろうとは思わないんだ」
「だって、芸能人だろうと普通の仕事だろうと、僕が美しいことに変わりはないですし」
真顔どころか、あたり前でしょ?とばかりに微笑むので、本物ってこういうもんかともうとくに驚かなくなってきた。
直央は自分が払うと言ってきかなかったが、さすがのおれも8歳も年下のガキに払わせるほど終わってなかったので、なんとかなだめておれが支払いをした。結構飲んだし、食べたしね。いつものことだけど、おれが食べる量を見て、直央はかなり驚いていたようだった。そうなんすよ、痩せの大食いってやつなんです。
店を出て時間を確認すると、まだ9時。このあとはなんかプランがあんのかねと直央を見ると、タクシーを拾っていた。
「ゆみとさん、どうぞ」
「ん、…直央は乗らないの?」
「はい、今日はここで。またお店に行きますね」
「…」
「どうしました?…あ、僕に見惚れてる?」
「…いや、素直に帰るんだなって」
「そりゃあ、まだ一緒にいたいけど、ゆみとさんそういうの嫌いそうだから」
「わかってじゃん」
計算のない、ちょっと照れくさそうに笑う直央は21歳の男の子のそのもので。気遣いや、声色から、こっちが恥ずかしくなるほどの好意を感じた。
「さよならのキスはいいですか?欧米文化的な」
「…いいけど」
急に物分かりが良くなった王子様に少しくらいはご褒美をやろうかと思っただけなんだけど、直央は嬉しそうにおれの顎に手を添えた。タクシーの運転手さん、分かってます。この茶番が終わったらすぐに乗りますから。少々お待ちください。
「ゆみとさんが僕を好きになりますように」
茶番というか、なんですか。コント?
いやこいつはマジなんだった。
街灯に照らされて、ミルクティーが溶けたみたいな甘い色の直央の髪がキラキラと光っている。なんだかこの王子様は全身どこもかしこも甘ったるくて、紡ぎだす言葉も甘くて、おれへの視線も、頬に触れている手の温度も、全部全部甘くて、胸やけを起こしそうだ。まるで、
「…呪い?」
「おまじないです」
「あっそ…じゃあね、王子様」
そっけないなぁ。なんて苦笑いでおれを見送る王子様。昨日今日出会った年下の男にアプローチされて靡くほど、浮かれてないんでね。悪いけど。
「…ゆみとさん」
「あ?」
「すきです」
「…ありがと」
「今日は楽しかったです」
バタンと大きく音を立ててドアが閉まり、行き先を告げるとタクシーはすんなり走り出した。きっと直央は見送ってくれているんだろう。振り向いたらあの甘い笑顔で手を振ってくれるんだろう。それが易々と想像できたので、振り向くのはやめた。想像できてしまうくらいにあの王子様の解像度が上がっていることが少し笑える。
あの王子様はあんなにも気配りができて完璧なエスコートができるくせに、「自分を知ってほしい」とまるで子供の初恋のように一生懸命おれにアピールをするのだ。
どんな美女も、きっと美男すら手に入れることができるだろうあの王子様が、必死になっておねだりしている相手がおれだなんて、ほんと、笑える。
おれがあと、4歳若かったらもっと嬉しかったのかもね。
家に帰ってすぐ、直央の番号をブロックした。
あいつが本当におれなんか好きになる前に、終わらせてやろうと思った。それだけ。
あいつはいい奴そうなので、まともな人生を送れるように、もうこんな訳わかんない男に捕まらないように。
じゃあね、王子様。
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