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第6話

第六話 甘く見ていた。直央(なお)の行動力を。 若さゆえ、怖いもの知らずで意外と大胆。使えるものは使うってのは、出会ったその日から分かってたはずだったのに。 「…えーと、どうやってここが分かった?」  我ながらまぬけなセリフだ。刑事ドラマで、追い詰められた犯人が言うような。 「あちこち探しましたよ。ありさちゃんにも聞いたし、前乃さんのお店にも行きました」 「行動力すげ」 「前乃さんが教えてくれたんです。このシーシャバーに最近ゆみとさんが入り浸ってるって」  まさか前乃さんのところにまで行くとは。  直央は座っているおれを見下ろしながら、大きく息を吐いた。 「電話、なんで出てくれないの」 「携帯失くした」 「うそつき!」 「嘘じゃねーよ」  いや本当に失くしたんだけど、今この状況で言っても疑われるのは仕方ない。というか、直央にとって今のおれは信用ゼロだろうから何を言ってもうそつきと言われるんだろうけど。 「携帯失くしたのはほんとみたいやでー」 「…どちら様でしょうか」  おれの隣で呑気にシーシャを吸っていたホスト時代の元同僚・相楽(さがら)は、明らかに自分に対して敵意を向けている直央をちらりと見て、面白そうに笑いながら、クソみたいな冗談を言い放った。 「ゆみとの元カレの相楽でーす」  猫が背中の毛を逆立てるように、直央から怒りのオーラみたいなのがブワワっとあふれ出す。クソつまんねー冗談を言った張本人はそんな直央を見て、これまた楽しそうに笑っている。 「直央、嘘だから。同じ店で働いてたやつ、」 「わかってます!なんでそんな嘘つくんですかっこの人!」 「だってぇ、さっきみたいにうそつけ!ってツッコんでくれるんかなと、大阪の血が騒いで」 「は…?」 「相楽、一旦黙って」  相楽は、おそらく直央が今まで出会ったことのないタイプの人間だろう。なんとも言えない顔で怒りを抑えている。 「まぁまぁ。直央、とりあえず座んな。おまえスマブラできる?シーシャ吸えるっけ?」 「スマブラはちょっとだけやったことありますけど…シーシャは吸わないです。肌に悪そうなんで」 「あっそ。なんか飲む?」 「じゃあ体に良さそうなの…」 「んなもんこんなとこにあるかよぉ」    僕の頭を軽く撫でて、ゆみとさんは席を立った。僕の飲み物を取りに行ってくれたみたいだ。  残されたのは僕と、さっき僕をからかった相楽さんというホストのみ。 「なんか…君のこと気に入ってるみたいやな、ゆみと」 「え?」 さっきの笑えない冗談とは全く関係のない言葉に、面を食らった。 「…一週間も音信不通だったんですよ?」 「ほんまに居場所知られたくなかったら、もっと遠くに逃げてるんちゃう。少なくとも、すぐ見つかりそうな歌舞伎におる時点で、見つかってもいいってことやろ」  相楽さんは、携帯をいじりながらそう言った。 言われてみればそうかもしれないけど、 「でも…今も、相手にされてない感じだし」 「そう?逃げずにここにおるやん。あいつが本気で逃げようと思ったら君じゃ見つけられへんと思うで」 「何者なんですか、ゆみとさんは…」 「厄介な相手から逃げる元プロ」  ああ…なるほど。元、ホストってそういう。 「で、いざ見つかったらやっぱり君は怒ってて、でも嫌われたくないから機嫌取ろうとしてるんやろ、あれ」  カウンターで店員と話しているゆみとさんを指さす相楽さん。ゆみとさんを「あれ」なんて言うのは腹が立つけど、相楽さんの言っていることは不思議と理解できた。 「王子様、いくつ?」 「二十一歳です」 「ゆみとの8歳下ねぇ…ピュアピュアで眩しいわ」  相楽さんは触っていた携帯をソファに放りなげて、シーシャに手を伸ばした。 「前乃さんの店、行ったんでしょ。この前」 「はい、開店記念で」 「そんとき、貴羅さんに会ったって?」  貴羅。 「会ったというか、すれ違った程度ですけど」 「ゆみとにとっては、すれ違いでも結構衝撃でかかったんだよ、多分」  相楽さんの語り口調は、さっき僕をからかったときのものとは違った。低く、静かな声。BGMにかき消されそうだ。 「…貴羅さんて、ゆみとさんに何かしたんですか」 「あの人は、俺たちの先輩。俺にとっては、仕事が出来て、後輩の面倒もそれなりに見てくれて、結構世話になった先輩。…でも、ゆみとにとっては、」 「なに?おれの悪口?」  ゆみとさんが飲み物を持って席に戻ってきた。  相楽さんはさすがホストといっていいのか、さっきまでの静かな声とは正反対の軽い口調に戻っている。目が合って、さっと逸らされた。きっと、さっきの話はもう相楽さんからは聞けないだろう。  続きはゆみとさんから聞くべきだ。 「はいよ、レッドブル」 「え…」  体に良いものとは対義語みたいな飲み物を渡され、さすがに困惑してしまった。 「だってこんなとこにスムージーとかあるわけねーじゃん」 「そうだろうけど…あ、ありがとうございます…」  郷に入っては郷に従え、だ。せっかくゆみとさんが持ってきてくれたんだからと、ありがたくいただくことにした。ゆみとさんと相楽さんが大笑いしてるのは無視を決め込む。 「んじゃあ、マリカでもする?」 「王子様、マリカできんの?」 「やったことありますけど、」  ゲーム機を操作しようとするゆみとさんの手を取ると、ゆみとさんはびくっとして、そのままばつが悪そうに僕を見た。 「マリカ…」 「今度にしましょ。…ゆみとさん、ちゃんと話したい。お願いします」  この人は、僕みたいな年下の真摯な願いを断ることが出来ない。わざと手を握って目を見て、お願いをした。  ゆみとさんは観念したように小さく息を吐いた。 「…相楽、さっきの罰ゲームでなんか買ってきて。腹減った」 「あいよ。王子様は?なんか食う?」 「いえ、僕は」 「あそ。んじゃあ、行ってくる」  相楽さんは煙草と携帯だけ持って店を出て行った。僕が押し掛けたのに、相楽さんを追い出す形になってしまって申し訳なさは感じるが、僕だって本気だ。  もう鬼ごっこは今日でお終いにするんだから。  沈黙が流れ、BGMと隣のソファで話しているカップルの声がやけに大きく感じる。  ゆみとさんは、目を伏せたままで、僕からは長い睫毛しか見えない。 「ゆみとさん、あの、」 「携帯失くしたのは、ほんと。酔って、多分二丁目のどっかで落とした」 僕から口火を切ろうとしたとき、あふれ出すようにゆみとさんが話し始めた。 「お前を避けてたのも、ほんと」  握ったままの手は、力なく、冷たい。熱を分けるように、優しく握りしめる。 「あの日、おまえの家に行くつもりなんて無かった。…あんなことするべきじゃなかった」 「キスのこと?」 「フェラもしただろ」 「あ、…うん、」 「…お前、よくこの状況で赤くなれるね」  ゆみとさんはちらりと僕の顔を見て、小さく笑った。 「だって、初めてだったし、好きな人にあんなことされたら、誰だってこうなるよ、」  自分でも恥ずかしいほど、しどろもどろだ。  だって、しょうがないでしょ。出会ってからずっと追いかけ続けている人に、あんなことをされたら。 「あのあと、気持ち悪くなってトイレで吐いて、最悪だって自己嫌悪マックスでトイレ出たら、お前が待っててさ。抱きしめてくれたじゃん」 「うん」 「そん時ね、分かった」 「なにを?」 「おれ、お前と恋愛なんかしちゃだめじゃんて」  …ぶん殴られたような衝撃だった。世界が揺れている。 「お前みたいな王子様は、おれみたいなのじゃなくて、お姫様見つけなきゃだめだよ」 僕を殴り飛ばしたゆみとさんの声は、優しかった。まるで子供に言い聞かせるような、そんな声でなんて残酷なことを言うんだろう。 「もう、終わりにしよ」  あの朝感じた得体の知れない怒りが、また込み上げてくる。  なんて勝手な人なんだろう。僕を無視して、勝手に終わらせる権利がこの人にあるんだろうか。感じたことのない怒りで、身体が熱い。  僕がどんな思いでこの店に来たか。会えなかった数日間で何度ゆみとさんを思い出したか。 あの朝、目が覚めてゆみとさんがいないことを悟ったとき、どれだけ、悲しかったか。 知ろうともしないで。 「終われないよ、なに勝手なこと言ってるの」 「会わなくなれば、そのうち忘れるって」 「ふざけてる?僕、あの日から今日まで、ゆみとさんを探してたんだよ?簡単に終わらせられるなら、あの日、全部諦めてたよ」 「…」 「…好きなんです、」  色んな感情がもみくちゃになって、口をついて出た言葉に、一番驚いていたのは僕自身だった。 「すき、」 「なお…」 「すきだよ、ゆみとさん」  自分でも、もう制御できない。 言いたいことがたくさんあったのに、全部が混ざり合って、残ったのは、怒りでも悲しみでもなく、宝物みたいに大事にしてきた、僕の恋心だった。 「ゆみとさん、僕を傷つけたと思ってるでしょ」 「…うん」 「たしかに傷付いたよ。ショックだったし。でもあの日…ゆみとさんがつらそうなのは分かってたから、僕を頼ってくれるんだって、うれしかった」  そうだ。あの日、滅茶苦茶なお酒の飲み方をして、きっとなにかを誤魔化そうとしてるゆみとさんが、僕を求めてくれたことに喜びを感じた。頼られていると勘違いした。 「そんなの、お前を利用しただけ」 「うん。それでもいいって思ったんだよ」 「いや、だめだって。お前がおれを好きなの分かってて、自分に都合のいいように利用するって、そんなのズルすぎるじゃん」 「好きな人が辛そうにしてたら、そばにいたいって思うでしょ。僕は、普通のことをしただけだよ」 「ちがう、おれ、最低なんだって…」  吐き出すようにゆみとさんは言った。  これが、いつも飄々としていて真意の分からないゆみとさんの本音なんだ。  はじめて、ゆみとさんの心に触れられた気がする。 「ゆみとさん」 「…」 「ゆみとさんが自分をズルいっていうなら、僕もずるいこと言うからね」 「…」 「僕が欲しいのはゆみとさんだって、ゆみとさん自身が言ったのに。今更逃げないでよ」 あなたを失わないように、おまじないをかけるよ。 ほらね、僕もなかなかずる賢いでしょ。    店に帰ってきた相楽は、どこでテイクアウトしてきたのか大量の中華料理とともに帰ってきた。 「あれ?王子様は?」 「もう帰った。話ついたし」 「まじかよ、これどうすんの」 「知らね」  テーブルに並べた料理の写真を何枚か撮って、どこかに送っている。おそらく後輩に食べに来いとでも連絡したんだろう。 「しっかし、直央くんの話してる最中にご本人様登場とはね」 「タイミング最悪」 「でもぉ。なんか、うれしそうやったでー二人とも」 「馬鹿じゃねーの。めちゃくちゃ怒られたっつの」 「馬鹿っていう奴が馬鹿なんやで」  その通り。馬鹿なのは、おれ。  もう全部終わりにするつもりで、わざわざ相楽に出てってもらったのに。まんまと丸め込まれてしまった。  散々言い合ったあと、キメセリフみたいな直央の言葉におれはノックアウトしてしまい、またしてもやさしく抱きしめられ、明日また会う約束までしてしまった。 「は?なにやってんの、それ」  相楽はすっかり呆れたようだ。自分でも呆れる。年下の男相手に、しかも童貞相手に振り回されてるなんて。 「あのさぁ、元ホストが年下相手になに振り回されてんの」 「だから、もう分かってるから、自分でもあほだなって」 「あほっつーか、超あほ。いたいけな年下の男の子の純情をもてあそぶ淫乱」 「言い過ぎ…でもないか」  自分のやらかしを思い出し、あながち言い過ぎではなくて何も言い返せない。 「ゆみとくんさぁ、好きじゃないならもてあそぶのはやめてあげたほうがええんやない」  それ、初めて会ったときにおれが直央に言った言葉だ。まわりまわって自分にぶっ刺さるなんて思いもしなかった。でも、 「…好きだよ」 「へぇ…好きなんや」 「そりゃ、あんな風に好き好き言われたら好きになるでしょ」  あーあ、言っちゃった。  言葉にしちゃったら、本当になっちゃうのに。おれはいつもこうだ。 「じゃあなんで拒否んの?」 「…満足させたら、捨てられるのはおれの方だから?」 「なんやそれ。元ホストの勘?」 「かもねぇ」  シーシャを吸って、ゆっくりと吐く。それをぼんやり見ながら、直央を思い出す。  こんな馬鹿であほで、同じ過ちを繰り返すようなクズを、好きだと言ってくれる王子様。  お姫様でもない、おれみたいなクズをおまえはずっと好きでいてくれるわけ? ありえないでしょ。

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