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第7話

「……ん、あれ? 俺、寝て…………筑紫さん?」  隣にいるはずの人がいない。そのせいで、左手首に手錠が掛けられていることに気付くのが遅れた。  なんだこれ? いつも通り、いや、いつもよりずっとマトモな感じで筑紫さんとヤッて、それで、こういう関係もいいかなって……。 「お待たせ、ハルくん」 「…………は?」  現れたのは、黒の警察官風の衣装をきっちりと着こなした男。変に艶のあるネクタイがやけに似合っている。  腰から下げた拳銃を指で弄び、筑紫さんはピカピカの革靴で床を強く踏み鳴らした。カツンという音が、寝ぼけたままだった脳を叩き起こす。 「知ってる? SMって、どっちもいける人が多いんだって」 「いや……え? ……じ、冗談だよな?」  身じろいだときの違和感で、自分が拘束されていることを思い出した。左手はベッドフレームに繋がれている。 「何言ってんだよ。これからが本番だろ」  両手でピンと張られたバラ鞭に、思わず喉がヒュッと鳴った。ベッドの反対側へ逃げ出そうとしたものの、足首を筑紫さんに掴まれてしまう。黒のフィンガーレスグローブは、やけにざらざらとした肌触りだった。 「お仕置きの時間だよ。ハルくん?」 「ま、待って筑紫さ……」 「晶お兄ちゃん、だろ?」  ぐいっと引き寄せられて振り返ると、高く振り上げた腕が目に入る。 「ふざけんな!! おい、やめっ……」  バシィン!! と耳を劈くような音がしたと思えば、僅かに遅れて鋭い痛みが太腿に広がった。 「いっっってぇ!! 何すんだよ?!」  勝手に涙まで浮かんでくる。そんな俺を見下ろしながら、筑紫さんは首を傾げて、もう一度腕を上げた。 「そんなに痛いかな。落ち着いて、よく感じてごらん」 「やっ…………あっ、そうだ! は、ハムスター!!」  縋るように叫ぶ。「ハムスター」はセーフワードだ。確か、S役のやりすぎを止めるための……。  しかし、筑紫さんは小さく鼻で笑うと、俺の足を掴み直して振りかぶった。  「あぁ、ハムスターね…………。今さら後悔しても遅いよ、ハルくん。殺したハムスターは生き返らない」 「…………えっ?」  呟かれた言葉の意味がわからず困惑していると、再び細い革の束を打ち付けられる。 「っ……!! だからいてぇって!! なんなんだよ?!」  わざとか、たまたまか、先ほどとは少しずれた場所に痛みが広がった。俺は呼吸もままならず、しゃくり上げるようにしながらシーツに縋り付く。 「こっちが聞きたいな。何であんなことしたんだ? 俺は本当に悲しいよ。あのハルくんが小動物を傷付けるなんて。それも俺の大切な」 「……意味わかんない、なんで、なんでこんな……」 「本来なら器物損壊に動物愛護法違反……。でも、ハルくんはまだやり直せる。俺が更生させてやる」  まるで設定を言い含めるように、筑紫さんははっきりとした口調でそう言うと、ベッドに登り俺に覆いかぶさった。……靴は、脱がなくてもいいんだろうか。俺にはいつも脱げって言うのに。 「脚を開きなさい」  演技とは思えないような鋭い口調に、背筋がぞっと冷たくなる。筑紫さんは掴んだままの俺の右足首を頭上に持ち上げると、左手と同じようにベッドフレームに繋いだ。  そこまでされて、俺はようやく我に返る。動かせる方の手足で抵抗するが、全て軽くいなされてしまった。 「なにこれ?! いやっ、いやだっ……! そんなの、俺聞いてないっ……やめ、んンッ」  筑紫さんは何の躊躇いもなく、俺のアナルに2本の指を突っ込んだ。敏感な粘膜が擦れる感覚に、否応なしに声が漏れる。 「どうして始めからこんなにグズグズなんだ? 俺の気を引きたくて、わざとハムスターを殺したのか?」 「ざけんなっ、こんなことっ……」  ヤッたばかりの身体に、強引な刺激がつらい。冷めかけていた熱を再び呼び戻されて、全身の血液が急かされるようにどくどくと駆け巡る。 「本当に悪い子だ。今までみたいに優しくしてもらえると思うなよ」 「や、あぁっ!! それ、やめッ……!!」  ぐりぐりと無遠慮に前立腺を押し上げられて、俺の意思とは無関係に腰が動いた。 「バレてないつもりだった? ここ擦られるとすぐイクから、いつもわざと当てないようにしてるだろ」 「違うっ、俺こんなの、やっ、やめっ……やめろって!! マジでいい加減にっ……」 「イケよ」 「やめっ、ん、ぁ、無理っ……!!」  腹の奥がきゅーっと締まったと思えば、一気に解放される。視界が明滅するのに合わせて、心臓がばくばくと脈打ち始めた。 「あ、あり得ねぇ。お前、マジで……」  割り開かれた両足の向こうで、筑紫さんが手袋を外している。そして、そのまま手を振り上げて……。 「誰に向かって口きいてるんだ?」  パチン!! と今度はやや高い音が鳴り響いた。鞭で叩かれたのと同じ、太腿の裏辺りがじわじわと熱くなる。 「いたっ……痛い! やめろって……!!」 「まだわからないのかな? こうなったのは、全部ハルくんのせいなんだよ?」  筑紫さんはそう言いながら何度も俺を叩いた。鞭よりはマジだが、ヒリヒリした痛みが徐々に込み上げてくる。 「俺だって好きでこんなことしてるわけじゃない。ハルくんのためなんだよ」  少し息の上がった筑紫さんが、俺を見下ろしながら帽子を被り直した。なぜか悲しそうな目をしていて、余計に混乱させられる。  この行為は止まらない。俺には止める術がない。 「お仕置きが必要だな」  ベッドを軋ませて、筑紫さんはクローゼットを開いた。そこから取り出された物を見て、笑うみたいに腹筋が震える。 「な、何でそんなもん……つ、使わないじゃん、筑紫さんは……」  それは、グロテスクなディルドだった。鬼頭以外の部分にはびっしりとイボがついており、根元に掛けて2箇所大きく膨らんでいる。 「これを挿れて1時間放置か、鞭で50回ぶたれるか。どっちがいい?」 「…………い、やだ……そんな……」  少しでも距離をとろうとするが、どこにも逃げ場はない。バカみたいな警察官のコスプレが、一層俺の恐怖心を大きくしている気がした。 「早く、自分で決めなさい」  鞭とディルドを交互に見ながら、俺は動かせる右手をゆっくりと上げた。 ◇◇◇  どれくらい時間が経ったのか、何度イカされたかもわからない。バカになったアナルは、ディルドを引き抜かれても、なおパクパクと収縮と弛緩を繰り返し続けている。 「ごめんなさい、ハムスターさん。ごめんなさい、晶お兄ちゃん……。もう、許してください。二度と悪いことしません……」  口が勝手に動き、指示された言葉を繰り返す。俺の意思なんてどこにもない。自分の身体が自分のものでなくなったような感覚だ。  あの時、ディルドを選んだことに意味なんてなかった。鞭で打たれた尻は、シーツが擦れる刺激にも耐えられない。防水シーツに水たまりができそうなほど、汗と涙と鼻水、あらゆる体液とローションが溢れ出す。 「よしよし。よく頑張ったね。ご褒美だよ。おいで」  強制的な絶頂に快感なんてなかった。ただ、痛くて、苦しくて。拘束を解かれて抱きしめられたときには、心の底から安心した。手のひらの温もりが、力強く脈打つ心臓の音が、なぜかとても心地いい。

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