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[バク] 4.迎えに来た二人と
「立ったままじゃアレだし、座らせてもらうね」
サーバルが母の席だった椅子に、ヘラジカが父の席だった椅子に座った。
サーバルばかりが喋り、上品なヘラジカは口を閉じたままだ。
「バクは知ってるだろ?」
コクリと頷く。
僕は子どもの頃、兄の影響で動物が好きになり図鑑ばかりを眺めていたから。
「マレーバクなら動物園で見たことが……」
「白黒の可愛いやつね。まぁ、何バクでもいいんだけど。だよね?和樹さん」
ヘラジカは長い足を組んで、綺麗な姿勢で座っている。
押し入られたとはいえ、紅茶でも出したほうがよかったのだろうか……。
「話を先に進めますね」
ヘラジカはサーバルの問いを無視し、僕の目を見てニコリと笑う。
そして眼鏡の位置をクイっと直し、僕に告げた。
「洸 、君はねバクなんですよ」
「え?いや……」
「人の愛だ恋だの話を聞いてると、内臓に石が溜まるような感覚がして身体が重くなりませんか?その後、少なくとも二、三日は手や足が怠く具合が悪い状態が続く。違いますか?」
驚いた。今まで誰一人として、理解者はいなかったのに。
保健の先生も、幼い頃からのかかりつけ医も、大学病院の教授もカウンセラーも分かってはくれなかったのに。
この具合の悪さを、内臓に石が溜まるような感覚だと今まで人に伝えたことはなかった。
なのに、ヘラジカは的確に言い当ててきた。
僕のびっくりした表情に満足したようで、ヘラジカもサーバルも深く頷く。
「それでご提案があります。体調を良くする方法がある。君にピッタリの仕事もある。そして、ここではない処に居場所がある。だからバクとして、今から私たちと行動を共にしませんか?」
突然現れた二人が全く何者かも分からなかったけれど、魅力的な提案だった。
僕はとにかく現状から逃げ出したかったから。いつまでも兄のお荷物では、いたくなかったから。
だから僕はコクリと頷いた。
すかさずサーバルが「よかったー」と万歳をする。
「じゃ支度して。手伝うから」
「い、今?」
「そうだよ。迎えに来たんだもの、俺たち。あっ、うどん、途中だったよね。いいよ、続きを食べてからでも」
この状況で残った鍋焼きうどんを食べる程、太い神経は持ち合わせていない。
台所のシンクで、残ったうどんを処分した。
箸を洗いながら、本当にこの人たちに着いて行って大丈夫なのか、と当たり前に不安になる。
少なくとも兄や叔母に相談する時間があると、思っていたから。
けれど勝手に家の中を見て回り始めたサーバルが、子ども部屋を覗いている。
「スーツケースとか持ってないのー?」
大きな声でそう言うから、慌てて駆けつけ、そのまま彼のペースに飲まれていった。
体調不良で中学の修学旅行には行けず、高校は中退してしまい、小学生の頃の家族旅行以外旅に出たことがない僕。
つまり、旅行鞄もスーツケースも持っていなかった。
だから、いつも使っている斜め掛け鞄に財布と、鍵と、ハンカチと、常備薬の痛み止めと胃薬だけを入れた。
「下着も洋服も向こうで買えばいい」
サーバルがそう言ったから、僕はただ従う。
行き先は三人の名刺に共通して書かれていた住所、東京の吉祥寺らしい。
東京へ行くのも初めてで、どんな街か想像もできないが、動物園があると教えて貰った。
大規模な動物園が無い県に育ったから、それだけで少し楽しみになった。
その動物園にはバクもいるのだろうか。
家を出る前にせめて兄に電話をしようとしたが、ヘラジカに止められた。
ヘラジカは四年程前から、兄と交流があるという。
兄の交友関係は全く知らないが、二人にどんな接点があるのかは想像もできなかった。
「私がこれからお兄さんの孝志くんと会って、説明しておきます。だから心配しなくていいですよ」
ヘラジカは兄の名前も知っている訳で、そう言われれば頷くしかなかった。
「それからしばらくの間、スマホはサーバルに預けてください」
SNSはもちろん、ゲームもしていないし、兄と叔母以外に連絡を取っている人もいない。
だから、あまり疑問にも思わずすんなりとスマホを差し出した。
「洋介、お願いしますよ。では洸、お気をつけて。また向こうで会いましょう」
マンションの下で、ヘラジカと別れた。
サーバルと二人、一時間半程ローカル線に乗り名古屋駅に出る。
駅のホームできしめんをご馳走してもらい、小学生以来の新幹線に乗り込んだ。
初めての東京に着いた頃には、もう日が沈み辺りは暗くなっていた。
サーバルは途中で何度も「大丈夫?気分悪くない?」と気遣ってくれる。
「寝てたらいいよ」
そう言って移動中、必要以上に話し掛けないでくれたのも、ありがたかった。
お陰で大きく体調も崩さず、東京まで移動して来れた。
僕は安堵し、これが小さな自信となる。
これから何が起きるのか分からないが、今は前向きな気持ちだ。
もしかしたら、初夢に出てきた大きな手の持ち主も、この東京の地にいるのかもしれない……。
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