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[バク] 5.一軒家にチームが集う
到着したのは、駅から少し歩く静かな住宅街にある、二階建ての一軒家だった。
一階にはすでに、僕の部屋が用意されていた。
以前、誰かが使っていた部屋なのだろう。
壁や絨毯に家具が馴染んでいて、心地よい空間になっていた。
サーバルがドラッグストアで、洗面用品や下着など身の回りの物を買ってきてくれる。
「あ、あの。お金は?さっきの、新幹線代も」
「経費だから大丈夫。洸くんは心配しないで。あっ、きしめんは俺個人の奢りだよ」
サーバルは押しが強いけれど、良い人のようで安心した。
夕食に美味しい親子丼を作ってもらい、シャワーではなく湯船にも浸かって、早くにベッドに潜り込む。
移動の疲れで、すぐに睡魔に襲われた。
僕にとって激動の一日。
そういえば、明日は二十歳の誕生日だと思い出しながら、スーッと眠りに入った。
—
東京に来てからの一週間。
サーバルと二人、吉祥寺の一軒家で過ごしている。
僕はこの街にあるという動物園はおろか、近所のコンビニにも出かけていない。
サーバルは僕の着替えを色々と購入してきてくれたし、三食作ってくれる料理は美味しい。
体調も気遣ってくれ、不平不満は一切無い。
なぜか誕生日も知っていて、ここに来た翌日には苺がいくつも乗ったケーキでお祝いもしてくれた。
ケーキを食べたのは何年ぶりだろう。
美味しかったけれど照れくさくて、上手くお礼が伝えられなかった。
食事時は、彼が色々な話をしてくれる。
僕は上手く返事ができずに頷くばかりだけれど、それを申し訳なく思う隙がない程、サーバルからはポンポンと様々な話題が飛び出す。
体調も悪化せず、常備薬を飲む必要もない。
ここ数年の中では、かなり良い状態で安定していると言えるだろう。
しかし僕の仕事が何なのか、未だ分からないままだ……。
「もうすぐメンバーが揃うからね。ちょっとトラブって遅れてるみたいだけど、和樹さんに任せておけば大丈夫だから」
サーバルに何度もそう言われ、この家で何もせずに待っている。
サーバルは二十六才だという。
僕より六つ年上だ。
ヘラジカは三十一才、兄より三つ年上らしい。
年齢や好きな食べ物については教えてくれたけれど、仕事に関することは「みんなが揃ってからね」と彼の口は固かった。
—
一軒家は、築五十年くらい経ってそうだ。
昭和な洋風の造りで、古いがよく手入れされている。
隣が広いコインパーキングなので、陽当たりも良い。
マンションで生まれ育ち、両祖父母とも縁遠かった僕には、新鮮な生活様式だ。
一階にはキッチン、大きなリビング、風呂、トイレ、それから僕の使っている洋室がある。
食事にはキッチンにある、四人掛けのテーブルを使っている。
二階には小さな書庫と、洋間が三部屋。
三部屋のうち、階段から最も遠い部屋をヘラジカが、その隣をサーバルが使っているらしい。
手前の部屋は空室だが、すぐにでも誰かが暮らせるよう、準備がされている。
書庫には、新旧たくさんの推理小説が置いてあった。
読書は殆どしたことがなかったけれど、装丁が気に入った本を読んでみたら、思いの外面白かった。
することのない僕は、この部屋の窓辺に置かれた一人用のソファで読書しながら、毎日を規則正しく静かに過ごしている。
木枠の窓からは大きな樹が植わった前庭が見え、お気に入りの場所となった。
この季節、葉は全て落ちているから、何の樹なのかは分からないが、花が咲くのならば見てみたい。
読書の合間にふと思う。
今頃兄はどうしているだろう、と。
きっと子ども部屋に籠りきりの僕を気にかけずに済むことに、ホッとしているはずだ。
外がすっかり暗くなった頃、ライトが光り前庭に車が入ってくるのが見えた。
「おかえりー」
階下からサーバルのうれしそうな声が聞こえる。
僕も本を閉じて階段を降り、玄関へと行ってみた。
キッチンからは美味しそうな出汁の匂いが漂っている。
ヘラジカが兄と同い年くらいの男を連れ、玄関で靴を脱いでいた。
ヘラジカと顔を合わせたのは、自宅マンション前で別れて以来のことだ。
「彼は?」
サーバルが棘のある声でヘラジカに問うた。
「慌てないで、洋介。ちゃんと紹介しますから」
「だけど……。俺、お願いしたよね?若くないディンゴにしてくれって?しかも美形って。話が違うじゃん」
声を潜めているつもりだろうが、僕にもヘラジカが連れてきたその男にも、抗議がまるまる聞こえている。
「組織での決定事項です」
その言葉にサーバルは口を噤んだが、その眼は不満で溢れていた。
「どうです?この家にはもう慣れましたか?」
廊下を歩きながらヘラジカに聞かれ「はい」と頷いた。
サーバルもヘラジカも背が高いが、新たに現れた男も高身長だった。
スポーツブランドのダウンコートを羽織っていて、カジュアルな装いだ。
茶色のクルクルとした髪は長めだが、襟足やもみあげは短く刈り込まれ、清潔感がある。
そして何より、目元が涼やかで鼻が高く、ハッとするほど美しい顔をしていた。
「洸、彼は了也(りょうや)。はい、これが出来立ての名刺です」
ヘラジカが僕に手渡してきた。
『木月(きづき)了也』
肩書は「ディンゴ」だった。
男の視線が僕を観察するように上から下まで動いた。
「了也だ。二十八才、独身。よろしくな」
ディンゴは僕の眼をしっかりと見据え名乗ってくれた。
彼の低く響く声に、なぜか心臓がドクンと波打つ。
「ディンゴはオーストラリアの野犬ですよ」
ヘラジカが教えてくれる。
図鑑で見た気もするが、あまりピンとはこない。
吉祥寺にあるという動物園に行けば、見られるのだろうか?
リビングに四人が揃い、ヘラジカが改まって話し始めた。
「これがこのチームのフルメンバーです。みなさん、どうぞよろしく」
不満そうだったサーバルも、頭を下げ挨拶した。僕も慌ててそれに倣う。
「どうぞ、よろしくお願いします」
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