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[バク] 6.仕事が始まる
サーバルがディンゴを二階の部屋に案内していったので、ヘラジカと二人になる。
兄と会うと言っていた彼に、その時の様子を聞いてみたかった。
兄がどんな反応をしたのか、寂しがったのか、喜んだのか気になっていたから。
しかし、僕が話し始める前にヘラジカに風呂を勧められた。
「夕飯までに入ってしまいなさい」
四人もいると、風呂も順々に済まさないと、最後の人は夜遅くになってしまうのだろう。
結局、兄の話は聞けず、言われたままに風呂に入る。
湯船には既に適温の湯が張られていた。
続けて誰かが入るのだろうと、髪も身体もいつもより手早く洗う。
「洸くん、着替えここに置いておくから。着慣れないだろうけど、着てみてね」
湯舟から上がると、濡羽色の和風の服が置かれていた。
作務衣だろうか。
肌ざわりがとても良い。
陶芸家みたいな服装で気恥ずかしかったが、洋服も下着も全て買い与えてもらっている身としては文句は言えない。
果たして僕に、似合っているだろうか?
そう疑問に思いながら、急いで髪を乾かした。
皆の声が聞こえるキッチンへ行く。
サーバルが大鍋に作ったおでんと、ほうれん草とイカのお浸しと、ご飯がテーブルに並んでいた。
「洸、よく似合いますよ」
ヘラジカがそう言い、サーバルも「うんうん」と頷いてくれた。
どうやら皆は風呂に入らず、先に夕飯を食べるようだ。
おでんを食べながら、いよいよ仕事のことが聞けるのかと、そわそわした。
しかし、ディンゴがサーバルに、近くにあるコンビニや本屋の場所を聞いたり、走りやすそうなジョギングコースを相談したりするばかり。
誰も仕事の話はしなかった。
サーバルはさっき見せた棘を隠し、的確な返事を返している。
おでんが美味しかったお陰もあって、四人で囲む食卓の雰囲気は温かい。
サーバルと二人の時間も心地よかったが、四人だとより賑やかで、幼い頃の食事の時を思い出した。
夕食後は、ヘラジカに促され皆でリビングへ移動した。
リビングにはローテーブルを囲むように、年代物のソファがコの字型に配されている。
デザートでも食べるのかと思っていたが、ヘラジカが壁の時計を見上げ、声をあげた。
「さぁ、初仕事を始めましょうか」
その言葉を受け、サーバルがローテーブルの上に四つ足の変な人形と、大きな砂時計を置く。
それを見計らったかのように、インターホンが鳴った。
「まず、迎えに出るのはサーバルの仕事です」
ヘラジカが俺とディンゴへ説明をした。
訪ねて来たのはスーツ姿の紳士な五十代男性で、リビングに通されソファへ座るよう促されている。
そのままサーバルはキッチンへ行き、コーヒーの仕度をしているようだ。
その間、ヘラジカがおじさんの相手をした。
「今夜は冷えますね。道に迷いませんでしたか?」
一体何が始まるのだろう。
「さぁ、二人も座って」
ヘラジカに促され、僕とディンゴもソファに座った。
ディンゴがポケットからメモ帳とボールペンを取り出すのが見える。
するとヘラジカは客に見えないようにさりげなく、それを取り上げた。
皆にコーヒーがサーブされ、サーバルがおじさんの向かいに座る。
「では」
サーバルがそう言い、ローテーブルの上に置かれた大きな砂時計をひっくり返す。
それを合図におじさんがボソボソと話を始めた。
ヘラジカとディンゴと僕は、口を挟まずただその話を聞く。
サーバルだけが「はい。なるほど。それで?」と相槌をうっていた。
話が逸れそうになると、さりげなくサーバルが質問を挟み軌道修正をした。
叔母のスナックでリサさんがしていたことと、同じだ。
話を要約すれば、大手の会社に勤める役職のあるおじさんが、若い女性社員を好きになってしまった。
相手に都合よく財布にされていると分かっていても、想いが苦しくてこのままでは仕事に支障をきたしてしまう、というバカらしい話だった。
「ダメだと分かっていても、好きな気持ちが止められないんです」
三十分ほどして、ヘラジカがディンゴに耳打ちをする。
「貴方はこれを全部聞く必要はありませんよ?」
ディンゴは、わかってるとでも言いたげに、片手を上げる。
「仕事熱心ですね」
ヘラジカはカップに残っていたコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
彼は僕の耳元に移動してきて小声で囁く。
「洸はバクとして最後までここにいてください」
僕の肩をポンポンと叩いて、リビングから居なくなってしまった。
そして僕は、久しぶりにグッタリと体調が悪くなっていく自分を自覚した。
ソファに身体を預け、軽く目を閉じる。
おじさんの話が進めば進むほど、内臓に大きな石が溜まっていくような圧迫感を感じる。
「以上で時間となります」
サーバルの声とともに目を開けると、砂時計の砂が全て落ちている。
壁の時計を見上げれば、ちょうど一時間が経過していた。
時間を見計らっていたようで、ヘラジカがリビングに戻ってくる。
「もう三時間だけ我慢してくださいね」
彼はまた僕の耳元で囁いた。
「大丈夫なのか?顔色も悪いな、可哀そうに」
ディンゴが心配そうに声をかけてくれる。
クッションを二つ重ね、僕にソファで横になるよう勧めてくれた。
薄手の毛布を掛け、クシャクシャと頭を撫でてくれる手は、とても暖かかった……。
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