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[バク] 10.突然の温泉旅行
「今週末は皆で温泉旅行だよ。そこでバクについての説明をしてもらえるから」
夕食時にサーバルに聞かされてから、ずっと心待ちにしていた。
温泉で説明とは、あまりに予想外だったけれど、遠足に行くような気分で週末を待つ。
電車移動だと聞いたので書庫で道中に読む本を選んでいると、ディンゴがやってきた。
「洸は推理小説が、好きなのか?」
「この家に来て初めて読んだんです。何を読んでいいのか分からなくて、いつも見た目で選んでいて」
ディンゴはぐるっと書庫を見渡し、ひょいひょいと何冊かを抜き取った。
「俺のオススメだ。読んでみるといい」
「ありがとう、了也さん!」
うれしくて笑顔を返すと、くしゃくしゃと頭を撫でてくれた。
僕の胸はまたギュッと苦しくなる。
土曜午後。
三人で出掛けることになった。
この家にきて、初めての外出だ。
ヘラジカとは現地で落ち合う予定らしい。
新宿駅で乗り換え、格好いい特急電車に乗った。
車内でサーバルはスマートフォンのゲームをし、ディンゴは発車と同時に気持ち良さそうに居眠り、僕は選んでもらった小説を読む。
二時間足らずで到着したのは神奈川県の箱根湯本駅だった。
雪が散らつく寒い中、歩いて大きな温泉旅館へ移動する。
駅前からの道は土産物屋が並び賑やかで、旅行に来たという気分が高まった。
サーバルがチェックインの手続きをしてくれた後、三人揃って和室へ通される。
こういう処に泊まるのは初めてで、キョロキョロと辺りを見回してしまう。
一階には大きな露天風呂、最上階にはサウナと展望風呂があるらしい。
「まずは風呂だよね!」
サーバルは到着早々、展望風呂に行くという。
ディンゴは「俺は小雪舞う露天風呂だな」とその場で浴衣に着替え始める。
「洸くんはどうする?」
僕は、今更なのにディンゴの前で裸になるのが恥ずかしく、サーバルと同じ展望風呂を選んだ。
風呂に浸かりながら一息つくと、改めて一ヶ月前、思い切って実家を出てよかったと思えた。
外の景色を見れば、もう雪は止んでいる。
「ねぇ、ところで和樹さんは?」
「今日一日、運営は大忙しだよ」
運営とはなんだろう?
いずれにしても、今日は様々な疑問を説明してもらえるはずだ。
そろそろ夕食という時間に浴衣姿で大宴会場へ移動した。
「草上カウンセリング御一行様」と案内が出ている。
確か、ヘラジカの苗字が草上だったはずだ。
会場内には、すでに浴衣の男たちが多数いた。
女性はごく僅かだ。
サーバルはこの場に知り合いがたくさんいるようで、早速声をかけられて、その後も挨拶に回っている。
僕とディンゴは入口辺りで、もの珍しく周辺を見渡す。
ディンゴはスマートフォンを取り出し、隠し撮りのような素早さで会場の様子を数枚撮影していた。
段々と皆が席に着き始め、チーム毎に御膳の前に座るということが分かった。
どうやら皆が三人一組で、座る場所は地名で表されているらしい。
御膳の数を見る限り、三人のチームが二十組以上はあるだろう。
女性は、いたとしても一つのチームに一人のみ。
二人いるところは、皆無だ。
年齢は様々。
三十才手前くらいの人が最も多く、一番上で五十代だろうか。
一番下は僕かもしれない。
我がチーム「吉祥寺」は、ホワイトボードが置かれた舞台に、一番近い席だった。
お腹は空き始めていたが、食事はまだ運ばれてきそうもない。
壇上に六人のスーツ姿の男が入ってきて、騒めきが静まり、皆が席につく。
六人の男たちの左端に、髪を一つに結んだヘラジカがいた。
僕に気がつくと、眼鏡の顔がニコリと微笑んでくれる。
一番右から順に挨拶が始まった。
「九州沖縄地区担当ヘラジカ、高橋です」
え?と思った。
次の人は「中国四国地区担当ヘラジカ、丸山です」と名乗った。
「近畿地区担当ヘラジカ」「中部地区担当ヘラジカ」と続く。
「ヘラジカがいっぱい……」
思わずそう呟くとサーバルが笑って僕を見る。
「そうだよ。ここには洸くんと同じバクもいっぱいいる」
思わず、周りを見渡してしまう。
最後に挨拶をしたのは僕たちのヘラジカだった。
「関東地区担当、そして代表の草上です。本日はお集まりいただき、ありがとうございました。年に一度の全体慰労会ですから、ゆっくり身体を休めてくださいね」
彼は全体を見渡し、話を続ける。
「今年は新たに三チームが加わりました。彼らに向けてこの後、組織の説明を行います。もう十分承知している皆さんも、年に一度のことなので共に確認ください」
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