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[バク] 11.組織の説明
九州地区代表のヘラジカ・高橋さんが和風温泉旅館にそぐわないホワイトボードの前で、皆に説明を始めた。
どうやら前方に座っているチームが、新参者のようだ。
「我々草上カウンセリングの目的は、お客様の忘れたい恋や愛を消してあげること、であるかに見えます。しかし、本当の目的はバクの保護です。バクは生まれ持った特性で、遥か昔より世界各国に存在します。けれど、その特性を活かすことができず、彼らはただただ辛い思いで日々を過ごしていることが少なくありません」
バクは生まれつきの特性?
僕のような人が多数いるという会場を、再び見渡してしまう。
隣ではディンゴが熱心にメモを取っていた。
僕も筆記用具を持ってくるべきだっただろうか。
「バクは男性にのみ存在します。バクの特性を持つ人間は、精通を迎え初めてその威力を発揮し、多くの場合対処法も分からず戸惑います。誰かの恋や愛の話を聞くと、相手の恋心や愛情を吸い取り消滅させてしまうのですから。家庭内や友人関係に亀裂が生じることも多いでしょう」
その短い説明で正に自分のことだ、と腑に落ちた。
そして僕だけではないのだと思うと、ホッとし救われた気持ちになった。
「恋心や愛を吸い取ると、バクは具合が悪くなります。内臓に石を詰め込まれたようだ、と表現する方が多いですね。その対処法は吐精をすることのみです。身体から排出、解毒する訳です。その吐精方法としては、もちろん自慰でもよい訳ですが、なぜか上手く出来ないとバクは皆言います」
当事者として、なんだか恥ずかしく思ってしまったが、会場にいる皆が、真剣に話を聞いていた。
「ですから組織では、ディンゴという役割を用意しているのです。また、ディンゴには女性は適さないとしています。一歩進んだ行為に至った場合、排出した毒が女性の体内に入ってしまい、今度はその人へ体調の悪さが移る可能性があるからです」
ここでマイクが手渡され、中国四国地区へラジカ・丸山さんが喋り始めた。
「我々の組織では二十才を過ぎたバクを保護の対象としています。各チームはバクを中心に三人で一組となります。サーバルは相談者である客とやり取りをする係。コミュニケーション能力の高い者が選ばれます」
僕が吉祥寺へ越してきたのは、二十才の誕生日前日だ。
「恋や愛の話を聞き取る上で「好き」とか「愛している」とか直接的な言葉をできるだけ引き出す必要があります。客の気持ちを理解する為に、男女問わず過去に客だった者よりスカウトされることが多いですね」
思わず右隣に座るサーバルを見た。
彼の視線は僕らのヘラジカに向いている。
「ディンゴは、バクを吐精させる係です。選ばれる条件は、適度に遊んでいて経験豊富。恋愛に対して達者であるが故に、簡単に人を愛してしまわないタイプです」
適度に遊んでいる……。
「我々の経験上、ディンゴとバクは性的な接触をすることで、愛情が芽生える事象がしばしばあります。それは互いに辛い結果を生む可能性があり、組織としては避けたいと考えているからです。また同性との行為に嫌悪感を抱かないというのも、大切な要素ですね」
思わず左隣に座るディンゴを見る。
彼はメモを書く手を止めることなく、一字一句もらさぬ勢いで、手帳に書きつけていた。
「そしてヘラジカは、全国からバクを探し出し、チームを作ります。私が知る限り、バクを職業と捉え我々のような事業をしている者は、日本では他にありません」
それはそうだろう。
「海外では宗教との兼ね合いにより、その存在はより複雑なようです。呼び方は様々で、どの国でも表立ってバクの存在を知らしめたりはしていません。ですから今後も目立ち過ぎないよう、用心することは重要です」
なるほど。
「我が組織でも、相談者には恋や愛が消えるのは不思議なバク人形の力だと思わせるように、仕向けています。皆さんお馴染みの、草上代表が土を捏ねて作ったあの四つ足の人形ですね。そして何か大きなトラブルが起きた時の対処も、ヘラジカが担当しています。何か心配事があったら、早めにご相談ください」
ようやく自分の置かれた状況が、把握できてきた。
どうやらヘラジカは、一人で何チームも掛け持ちしているようだ。
僕たちのヘラジカである和樹さんは、ヘラジカの中でもトップの人物のようだ。再び彼がマイクを握る。
「この草上カウンセリングは、今年で創立七周年を迎えることができました。これも皆さんのお陰です。ありがとうございます。この七年の間に色々な出来事がありました」
彼は一瞬、昔を思い出すような顔をする。
「何より三人のバクが離脱したことは、私にとって大変反省すべき出来事です。しかしバク自身が特性と対処法を心得、自分の意思で新たな道を進むという場合は、応援させていただきたい。バクが幸せになる為にこの組織があるということを、皆さんどうぞお忘れなく」
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