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[バク] 14.動物園にバクはいない

「プレゼントですよ」 夕食の時、ヘラジカが黄色いリボンの掛かった箱を僕にくれた。 「いいなぁ洸くん。和樹さんからプレゼントもらえるなんて」 サーバルが羨ましそうに呟く。 「開けてみてください。バクの先輩たちに意見を聞くと、このメーカーがオススメらしいんですよ」 箱の中身は、黒に赤のラインが入ったヘッドホンだった。 「うわぁ、ありがとうございます。これでもう人混みにだって出掛けていいんですよね!」 「ええ。スマホと繋いで使ってください。これからいい季節になりますし、吉祥寺は賑やかな街ですから、しっかり防衛して、一人であちこち散歩をしたらいい」 「はい。僕、動物園に行きたいんです。ずっとどんな動物がいるんだろうって想像していて」 皆が「あぁ」と困った顔をする。 「あのね、洸くん。吉祥寺の動物園にいるのは鳥ばっかりだから、あまり期待しないで。リスやモルモットや猿はいるけど、象も何年か前に死んじゃって今はもういないんだ」 マレーバクも、ディンゴも、サーバルも、ヘラジカも、いないらしい。 あからさまにがっかりした僕を、皆が気の毒そうな顔をして慰めてくれた。 「上野動物園まで行けばさ、アメリカバクがいるよ」 「多摩動物公園には、マレーバクがいますしね」 「あぁ、あそこならサーバルキャットもいるはずだ」 実家では、調子が悪いとき「具合が悪いです」って顔をして、布団に丸まっていた。 機嫌が悪いときは「不機嫌です」って母や兄に隠そうともせずに、過ごしていた。 原因も分からずずっと体調の悪い僕を「誰一人理解してはくれない」と常に不貞腐れながら。 でもここでは、赤の他人の皆が特性を分かった上で、常に心配してくれる。 温泉旅館で聞いたとおり、チームとしてバクの幸せを願ってくれているのだろう。 そう思うと、動物園に期待した動物がいなかったくらいで、こんな落ち込んだ顔をしてはいけない。 そう反省をした。 「僕の住んでいた県には大々的な動物園がなかったから、小さくも歩いて行ける場所にあるなんて夢みたいです」 「そっか。うん、それならよかった」 皆がホッとした顔をしてくれた。 思えば、僕の体調が乱れるようになってから、母や兄がどんな顔をして僕を見ていたのか、思い出せない。 記憶の中の彼らは、のっぺらぼうだ。 僕自身が何も見ようとしていなかったのだろう。 実家にいた頃の僕は、自分のことばかりを考えていたのだと、思い知った……。 — その夜の客が語った愛は、いわゆるよくある話だった。 皆それぞれ、自分にとっては映画のようにドラマチックな恋愛話なのだろう。 けれど、客観的に聞いている僕らからしたら、何パターンかあるうちの一つでしかないのだ。 今夜も順調に行程が進み、大きな砂時計の砂が全部落ちた後、タイタニックのDVDが始まる。 映画が終われば客に、恋や愛を忘れられたかの確認をし、お会計。 サーバルが玄関まで見送る。 そして僕は、ディンゴに自室へと運ばれて、解毒を手伝ってもらう。 吐精した後はすごく眠くなり、そのまま寝てしまうのが常だ。 途中で目が覚めることもあるが、朝まで起きない日のほうが多い。 今夜はふと目が覚めた。 その時、ベッドサイドには灯りがついていて、ディンゴがまだ僕の部屋に居てくれた。 僕が眠るとすぐに二階の自室に引き上げていると思っていたから、単純にうれしかった。 彼は僕に背を向けた状態でベッドに腰掛け、何か書き物をしているようだ。 「……了也さん」 声を掛けてみると「ん?」っと振り向いてくれた。 「目が覚めたのか?体調はどうだ?」 壁の時計を見上げると、客が帰ってからまだ一時間しか経っていない。 「うん大丈夫。ねぇ何してるの?」 「あぁ、これか。記録だ。ディンゴの仕事を記録している。とはいえ、今日の話は退屈だったな。意外とこういう話はバリエーションが少ないんだって分かって驚くよ。洋介が毎回飽きもせずタイタニックを見るのは、口直しみたいなもんだな。あの映画はよく出来てるから」 そう言って笑う。 「ディンゴはみんな、そんな日誌みたいな物をつけているの?」 「まさか。サーバルならつけてるかもしれないけれど、これは俺の個人的興味だ」 手元にあったのは、以前箱根の温泉でも使っていたメモ帳だった。   なんとなく、今ならどうでもいい会話をしても許される気がした。 だから、昼間に感じたことをポツポツと声に出してみる。 「僕はいつも自分のことで、いっぱいいっぱいです。皆に心配ばかりかけて、してもらうばかりで。気も利かないし、どうしたらいいんでしょう……」 「可哀そうにな。そんな風に思っていたのか。皆、洸を可愛がってやりたくて、オマエに幸せになって欲しくって、かまってるんだ。気にするな。バクはそうしてもらってもお釣りがくるくらい、すごい能力だと俺は思うぞ」 頭をクシャクシャと撫でてくれた。 「さぁ、もう俺も部屋に戻る。おやすみ」 「おやすみなさい」 ディンゴは立ち上がり、灯りを消して部屋を出て行った。 ディンゴと話せてよかった。 兄の孝志ともこんな風に話せる日が、いつかくるといいのに。 — 珍しく、幸せだった頃の家族の夢を見た。 皆で名古屋の動物園へ遊びに行っている夢だ。 兄とは八つも年が離れているから「孝ちゃん孝ちゃん、これはなに?」と、僕はねだるように次々に動物の説明を求めていく。 「次はこっちだ洸」 「うん、まってー」 走って次の柵へと移動するのを、父と母が見守ってくれている。 昼時になってセルフサービスのレストランに入ると「僕が運びたい」と、水を運ぶ係を買って出た。 慎重に零さないように、トレイにのせたコップをゆっくり運ぶ。 すると、そのテーブルで待っていたのは、ディンゴとサーバルとヘラジカだった。 「ありがとう、洸」 「昼を食べたらマレーバクを見ましょう」 「さっきのサーバルキャット可愛かったから、帰りにも見ようよ」 夢の中の僕は幸せな気持ちになって「うん」と大きく頷いた。 — 目が覚めると、もう部屋の中は陽射しが差し込み、キッチンには人の気配があった。 変な夢だった……。 けれど僕にとって今の家族はこのチームなのだ、と強く思えた。

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