14 / 32
[バク] 14.動物園にバクはいない
「プレゼントですよ」
夕食の時、ヘラジカが黄色いリボンの掛かった箱を僕にくれた。
「いいなぁ洸くん。和樹さんからプレゼントもらえるなんて」
サーバルが羨ましそうに呟く。
「開けてみてください。バクの先輩たちに意見を聞くと、このメーカーがオススメらしいんですよ」
箱の中身は、黒に赤のラインが入ったヘッドホンだった。
「うわぁ、ありがとうございます。これでもう人混みにだって出掛けていいんですよね!」
「ええ。スマホと繋いで使ってください。これからいい季節になりますし、吉祥寺は賑やかな街ですから、しっかり防衛して、一人であちこち散歩をしたらいい」
「はい。僕、動物園に行きたいんです。ずっとどんな動物がいるんだろうって想像していて」
皆が「あぁ」と困った顔をする。
「あのね、洸くん。吉祥寺の動物園にいるのは鳥ばっかりだから、あまり期待しないで。リスやモルモットや猿はいるけど、象も何年か前に死んじゃって今はもういないんだ」
マレーバクも、ディンゴも、サーバルも、ヘラジカも、いないらしい。
あからさまにがっかりした僕を、皆が気の毒そうな顔をして慰めてくれた。
「上野動物園まで行けばさ、アメリカバクがいるよ」
「多摩動物公園には、マレーバクがいますしね」
「あぁ、あそこならサーバルキャットもいるはずだ」
実家では、調子が悪いとき「具合が悪いです」って顔をして、布団に丸まっていた。
機嫌が悪いときは「不機嫌です」って母や兄に隠そうともせずに、過ごしていた。
原因も分からずずっと体調の悪い僕を「誰一人理解してはくれない」と常に不貞腐れながら。
でもここでは、赤の他人の皆が特性を分かった上で、常に心配してくれる。
温泉旅館で聞いたとおり、チームとしてバクの幸せを願ってくれているのだろう。
そう思うと、動物園に期待した動物がいなかったくらいで、こんな落ち込んだ顔をしてはいけない。
そう反省をした。
「僕の住んでいた県には大々的な動物園がなかったから、小さくも歩いて行ける場所にあるなんて夢みたいです」
「そっか。うん、それならよかった」
皆がホッとした顔をしてくれた。
思えば、僕の体調が乱れるようになってから、母や兄がどんな顔をして僕を見ていたのか、思い出せない。
記憶の中の彼らは、のっぺらぼうだ。
僕自身が何も見ようとしていなかったのだろう。
実家にいた頃の僕は、自分のことばかりを考えていたのだと、思い知った……。
—
その夜の客が語った愛は、いわゆるよくある話だった。
皆それぞれ、自分にとっては映画のようにドラマチックな恋愛話なのだろう。
けれど、客観的に聞いている僕らからしたら、何パターンかあるうちの一つでしかないのだ。
今夜も順調に行程が進み、大きな砂時計の砂が全部落ちた後、タイタニックのDVDが始まる。
映画が終われば客に、恋や愛を忘れられたかの確認をし、お会計。
サーバルが玄関まで見送る。
そして僕は、ディンゴに自室へと運ばれて、解毒を手伝ってもらう。
吐精した後はすごく眠くなり、そのまま寝てしまうのが常だ。
途中で目が覚めることもあるが、朝まで起きない日のほうが多い。
今夜はふと目が覚めた。
その時、ベッドサイドには灯りがついていて、ディンゴがまだ僕の部屋に居てくれた。
僕が眠るとすぐに二階の自室に引き上げていると思っていたから、単純にうれしかった。
彼は僕に背を向けた状態でベッドに腰掛け、何か書き物をしているようだ。
「……了也さん」
声を掛けてみると「ん?」っと振り向いてくれた。
「目が覚めたのか?体調はどうだ?」
壁の時計を見上げると、客が帰ってからまだ一時間しか経っていない。
「うん大丈夫。ねぇ何してるの?」
「あぁ、これか。記録だ。ディンゴの仕事を記録している。とはいえ、今日の話は退屈だったな。意外とこういう話はバリエーションが少ないんだって分かって驚くよ。洋介が毎回飽きもせずタイタニックを見るのは、口直しみたいなもんだな。あの映画はよく出来てるから」
そう言って笑う。
「ディンゴはみんな、そんな日誌みたいな物をつけているの?」
「まさか。サーバルならつけてるかもしれないけれど、これは俺の個人的興味だ」
手元にあったのは、以前箱根の温泉でも使っていたメモ帳だった。
なんとなく、今ならどうでもいい会話をしても許される気がした。
だから、昼間に感じたことをポツポツと声に出してみる。
「僕はいつも自分のことで、いっぱいいっぱいです。皆に心配ばかりかけて、してもらうばかりで。気も利かないし、どうしたらいいんでしょう……」
「可哀そうにな。そんな風に思っていたのか。皆、洸を可愛がってやりたくて、オマエに幸せになって欲しくって、かまってるんだ。気にするな。バクはそうしてもらってもお釣りがくるくらい、すごい能力だと俺は思うぞ」
頭をクシャクシャと撫でてくれた。
「さぁ、もう俺も部屋に戻る。おやすみ」
「おやすみなさい」
ディンゴは立ち上がり、灯りを消して部屋を出て行った。
ディンゴと話せてよかった。
兄の孝志ともこんな風に話せる日が、いつかくるといいのに。
—
珍しく、幸せだった頃の家族の夢を見た。
皆で名古屋の動物園へ遊びに行っている夢だ。
兄とは八つも年が離れているから「孝ちゃん孝ちゃん、これはなに?」と、僕はねだるように次々に動物の説明を求めていく。
「次はこっちだ洸」
「うん、まってー」
走って次の柵へと移動するのを、父と母が見守ってくれている。
昼時になってセルフサービスのレストランに入ると「僕が運びたい」と、水を運ぶ係を買って出た。
慎重に零さないように、トレイにのせたコップをゆっくり運ぶ。
すると、そのテーブルで待っていたのは、ディンゴとサーバルとヘラジカだった。
「ありがとう、洸」
「昼を食べたらマレーバクを見ましょう」
「さっきのサーバルキャット可愛かったから、帰りにも見ようよ」
夢の中の僕は幸せな気持ちになって「うん」と大きく頷いた。
—
目が覚めると、もう部屋の中は陽射しが差し込み、キッチンには人の気配があった。
変な夢だった……。
けれど僕にとって今の家族はこのチームなのだ、と強く思えた。
ともだちにシェアしよう!

