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[サーバル] 1.満開の桜と花見の宴
■登場人物
・洸(バク)
・洋介(サーバル)
・草上和樹(ヘラジカ)
・了也(ディンゴ)
—
・秋良(バク)
・手塚(本部のバク)
・健一(秋良のディンゴ)
—
・孝志(洸の兄)
日曜日。
朝食の後、洸に手伝ってもらいながら稲荷寿司を作っている。
洸は決して器用ではなく、酢飯を上手く詰められず悪戦苦闘しているが、表情は明るい。
俺が貸してやったエプロンもよく似合っていた。
キッチンのテーブルの上には、他にも出汁巻き卵、鶏の唐揚げ、自家製ピクルス、チーズ春巻きと既に作り終えたおかずが並んでいる。
重箱はないから、プラスチックの使い捨て容器にこれらを詰める予定だ。
当初は前庭にアウトドア用のテーブルを出し、桜の木の下でランチをする予定だった。
昨晩その話を了也にしたところ意外な反応が返ってきた。
「洸に、混雑する花見会場も見せてやりたいんだが。どうだろう?」
「毎年この時期の公園は、馬鹿みたいに混んでるの知ってる?まぁ場所取りしてくれるならいいけどさ」
「よし、分かった。レジャーシートを貸せ。俺が日の出とともに行ってやる」
やけに張り切ってそう言う。
いつも日曜は昼まで寝ているくせに。
—
了也の頑張りで、皆で近くの恩賜公園に花見に来れた。
池のほとりの、景色が良い場所を確保してくれたのだ。
天気も良く暖かい花見日和で、公園の中は予想通り花見客でひしめいている。
満開をわずかに過ぎ、散り始めた花弁がひらひらと舞い、美しかった。
「これが花見なんですね」
洸は落ちてくる花びらを眼で追い、上ばかりを見上げている。
「洋介、この不恰好な稲荷寿司はなんだ?オマエにしては下手くそだな」
「それは洋介が詰めたんじゃないと思いますよ」
和樹さんが口を挟んで、了也はようやく洸の作品だと気がついたようだ。
「うん。形は悪いが味はうまいぞ、洸」
「だって味付けは洋介さんですから」
むくれた顔が可愛いらしく、それを見て皆が笑えば、洸も微笑んだ。
最近、我々に気を遣って無理に笑顔を保とうとしているのが丸わかりで、辛かった。
でも今は、心から幸せそうなニコニコの表情で安心する。
きっと和樹さんも了也も、そう感じているに違いない。
これからは少しずつ、自然に笑えるようになるはずだ。
他のバクと同じように……。
焦る必要はないのだ。
今までたくさん耐え忍んできたのだから。
初めて洸に会ったとき、いかにも不安げに大きな眼がキョロキョロと泳いでいた。
たどたどしく喋る姿に、守ってあげたい、幸せになれるよう手助けしてあげたい、と強く思った。
体調の悪さから抜け出せず苦しんでいただろうに、極端にはひねくれておらず、恨み言を口にしたりもしない性格は、好ましい。
和樹さんは、何年か前から洸の存在を知っていたという。
けれど二十歳を超えてからバクとして働かせる、という組織で決めたルールに縛られ、随分と悩んだようだ。
個人的に預かろうとも考えたらしいが、洸の兄、孝志が断固として反対したと聞いている。
孝志にバクの特性と対処法を話して説得する、という方法もあっただろう。
けれど、組織の者以外にバクの話をするのは綻びに繋がる。
今、バクをしている者たちも、親兄弟に現在の職業を上手く説明できず、疎遠になってしまうことが多い。
元々、特性ゆえに両親が離婚していることも多く、家族の縁が薄いのは仕方のないことなのだろう。
だからこそ組織は、こうしてチームで暮らすという運営方針を取っているのだ。
稲荷寿司を頬ばったり、和樹さんの手土産の桜餅を食べる姿を見ながら「洸に幸せになってほしい」と皆がそう願っている。
彼の為、この擬似家族であるチームを維持することに俺は必死だ。
それは自分の意思でもあるし、ヘラジカである和樹さんの指示、つまりサーバルの仕事でもある。
—
午後少し早めに、一軒家に戻ってきた。
和樹さんの車を隣のコインパーキングに移動させ、前庭で花見の二次会をした。
テーブルを出し、ワインのボトルとグラスを並べ、簡単なツマミを手早く作ってキッチンから運んだ。
アルコールが入れば、きっと今夜も和樹さんは泊まっていってくれる。
彼の生まれ育ったこの家に。
数時間後も車の運転できないくらい、酔っぱらうといい。
「洸は飲まないのか?」
了也が勧めるが、首を振る。
「飲んだことないから」
了也はこういう時いつも「可哀そうに」と口にし、洸の頭を撫でてやる。
バクという特性を、余程気の毒なものだと認識しているのだろう。
俺としては、その態度が少し気になっていた。
バクは決して可哀そうなばかりではないのに……と。
しかし、今日は違った。
「それなら、これが初めてだ。よかったな、今日は初めてが二つ。花見とワインだ」
そう言って洸と肩を組む。
「もう酔っ払ってるの?了也さん」
洸は笑いながら「じゃあ、ひと口」と了也のグラスをひと舐めした。
あまり好きな味ではなかったようで、顔をしかめる。
「あのね了也さん、今日の初めては、花見とワインの他に、洋介さんと稲荷寿司作りもしたから、三つだよ」
「そうか、よかったな」
洸を見る了也の視線が、あまりに柔らかく、まるで愛おしい者を見るようでドキリとした。
ディンゴがバクを、そんな目で見ないでもらいたい。
だから俺は洸と了也の間に割り込んで、壁となる。
「ほらワインより、洸くんの好きな烏龍茶があるから」
目の前のコップに注いでやった。
しばらくして洸がトイレに席を外すと、少し酔った了也が小さく呟く。
「バクに生まれるなんて、可哀そうな子だ」
ワインのせいで、そんな独り言をわざわざ否定する程の気力はなく、聞こえなかったフリをして、舞い散る桜を見上げた。
—
夜がふけても和樹さんはどこにも行かず、泊まっていってくれた。
本来、ここに泊まる予定の日ではなかったのに。
それだけで、よい一日だったと思えた。
前のチームでサーバルをしていた時もこの前庭で花見をした。
三年前の出来事だ。
今日使ったレジャーシートとテーブルは、その時に買ったものだ。
そういえば、あの夜も和樹さんは予定外に泊まっていってくれた。
三年前の花見も確かに、皆が満ち足りたよい行楽だった。
なのに、あのチームはその年の終わりには解散した。
今でもあの解散を防ぐ方法はなかったのかと、自問自答を続けている。
どうかどうか、今度のチームは終わりなく続けていけますように。
バクの幸せを守れますように。
寝る前、リビングの漠人形にそっと手を合わせた。
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