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[サーバル] 7.イレギュラーな仕事

めずらしく洸と二人、車で出張になった。 チーム用の社用車は、普段あまり使っていないが、隣のコインパーキングの一角に月極で停めている。 他チームのピンチヒッターとして、昼過ぎから隣の県まで出掛けなければならない。 うちのチームは了也がディンゴ専業ではなく他に職業を持っているから、相談時間は全て夜に設定しているが、チームにより営業時間帯は様々なのだ。 そもそも組織には、ウェブサイトもない。 問い合わせ電話番号が掲載してあるチラシが配られているわけでもない。 相談者は全て口コミで組織を知り、あるSNSのアカウントに辿り着いた者のみが依頼をしてくる。 SNSに届いたダイレクトメッセージを一元管理しているのは、フェネックと呼ばれる人物だ。 先日の箱根にも来ていなかったし、俺は会ったこともなく詳細は不明。 逆にフェネックも俺たちのことを詳しくは知らないらしい。 そういう関係だ。 噂によると普通のおばさんだという。 俺はいつも頭の中で、ふくよかで人の良さそうな女性をイメージしている。 フェネックの仕事は、届いたダイレクトメッセージを見て、本物の相談者か、それとも冷やかしの悪戯か見極めること。 何往復かメッセージのやり取りをすることもあるらしい。 そして本当の相談者だと判断されれば、居住地を元に担当チームに割り振り、各サーバルへ案件がメール送信される。 案件を受け取ったサーバルは、まず相談者に電話をし、直接話す。 この段階で断るということも、数か月に一度くらいはある。 面倒なことを起こしそうな客は、電話で話すと大抵は分かるものだ。 第二関門を突破した相談者には、料金、日程、場所を伝え、おおよそ一か月先の予約日を決める。 「では今週末に来てください」というスピードでは、一切請け負わない。 相談者が最終的な覚悟を決めるのに、一か月間という時間を経過させるのだ。 もしチーム側の都合で相談者と会えなくなった時には、本部所属のバク・手塚さんのチームが対応してくれる。 それが無理なら近隣チームがフォローし、約束を反故にしないよう、努めている。 ただピンチヒッターで駆り出される場合、相談当日までのやり取りは違うサーバルがしていた訳で、不測の事態が起きやすく、どうしたって緊張する。 車を運転中、その緊張が洸に伝わらないようサーバルとして気を付けるべきなのに、そういうことに敏い洸には隠しきれない。 ただ、彼は気が付かないふりをしてくれて、車から見えた景色に「洋介さん、海、綺麗だね!」とはしゃいでいる。 — 他県の相談者と会う場合には、個室のある飲食店を使うことが多い。 またその店には、相談者より早くに到着しておくのがセオリーだ。 しかし、首都高速が事故渋滞で混雑していて、約束時間ギリギリになってしまった。 個室に入ると、依頼者は年配の女性一人のはずが、女性二人、男性一人の三人で待ち構えていた。 さらに酒を注文し、飲み始めている。 これは、最悪のパターンだ。 そう思ったが、できるだけ平常心を装い、いつも通り事を運ぶよう心掛ける。 「今回のご相談者は後藤さんですね。他のお二人は席を外していただけますか?必要でしたらお店に別の部屋を用意してもらいますので」 「いえ、皆関係者なんです。後藤さん一人だけこんな形で話を聞いてもらって楽になろうなんて、不公平だわ」 依頼者ではない女性が声高に言う。 「そもそも俺はこんな奴らに話を聞いてもらって、現状を打破しようっていうのが気に食わんよ、後藤さん」 もう意味が分からない。 何度も口を挟もうとしたが、無視をされ、仕方なく鞄から獏人形と砂時計をテーブルに出した。 「ここから一時間、計時させていただきます」 どうやら、年配の人が集う俳句倶楽部での揉め事らしい。 後藤さんはモテモテらしく、彼女はここにはいない日吉さんを好きだという。 結局一時間、俺は口を挟むこともできず、それぞれが好き勝手に喋っていただけだった……。 この場を仕切れなかったのは、俺の失態だ。 己の未熟さを痛感したが、落ち込んでる暇はない。 出先での依頼は、成果が出るまでの三時間を待ったりはしないので、一時間が経過した時点で、洸を抱え店を出た。 料金は後日、担当サーバルが取り立てることになる。 彼らはまだ飲み食いを続けているだろう。 いつも以上に具合が悪くなった洸を後部座席に乗せ、横にならせた。 「ごめんね、洸くん。俺のせいで、いつもの三倍辛い思いさせた」 洸は力なく、首を横に振る。 可哀そうに……。 順調にいけば、ちょうど了也が帰宅するタイミングで、車が吉祥寺の家に到着するはずだ。 とにかく少しでも早く帰らねばと、車を走らせる。 しかし、道は思いのほか混雑していた。 途中、俺のスマホが鳴るが運転中で出れなかった。 続いて洸のリュックサックの中で音が鳴る。 「洸くん出れる?」 「うん」 了也からだった。 今日は洸と出張することを伝えてあったから、仕事の休憩中に心配で連絡をくれたらしい。 洸が電話に向かって弱々しくも、愛おしそうな声を出す。 「ねぇ、了也さん。早く、会いたい。そう、苦しい……うん、出して、ほしい。ねぇ、了也さん……うん」 車を路肩に止め、洸のスマホを受け取り、電話を代わった。 「今どこだ?」 了也は怒ったような声を出していた。 今いる場所を伝えると、すぐに的確に指示をされた。 「洸くん、了也さん電車でこっちに来てくれるって。途中の駅で落ち合うから。そうすれば、吉祥寺に帰るより、一時間は早く合流できる」 — 約束のターミナル駅近くに車を停めると、すぐに了也が駆け寄ってきた。 「運転、代わる。オマエは電車で帰れ」 「分かった。ありがとう了也さん。洸くんをよろしく」 「あぁ、任せておけ」 後部座席でウトウトと眠っていた洸が目を覚ます。 「……了也さん」 甘えるように両手を伸ばしてくる洸に、了也が顔を近づけキスをした。 俺の手前、触れるだけのキスのつもりだったようだが、洸が了也の首にしがみつき、その唇を貪ろうとする。 了也はあやすように、その行為に少しだけ付き合い「洸、場所を変えるぞ」と絡みつく手を振り解いた。 俺はそっと運転席から降りる。 走り去る車を見送ると、どっと疲れを感じた。 彼らは、ラブホテルにでも行くのだろう。 早く洸が楽になるといい……。 日付が変わる直前に帰宅した洸は、すっかり元気になっていた。 むしろ楽しかったようで、二人で回転寿司で食事もしてきたのだと、はしゃいでいた。 俺は、了也にきちんと礼を言わなければと思っていたのに「洸くんに、変なことしなかったよね?」と問いかけてしまった。 「心配症だな」 了也も機嫌がよかったようで、ただ笑い飛ばされた。

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