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[サーバル] 9.誕生日の夜の涙

「もしもし。どうした?……日本に戻っていたのか?いつ帰ってきたんだ?え、横浜?うん、なんで?大丈夫?いや、今からはちょっと……。あっ、うん。そうだね。いや、困ってるなら行くよ。実は今、近くにいて。少し待っててくれればすぐに……うん」 和樹さんは俺をチラチラと見ながら、親しげな電話の相手にそう告げた。 俺はシートベルトを外し、後部座席に置いていた洸への土産の手提げ袋を掴んで、車を降りる。 「俺、電車で帰るから」 そう告げて、バタンとドアを閉めたけれど、和樹さんはまだ電話中で、何も言ってはくれなかった。 俺の知る限り、仕事関係者に、あんな親しげに喋る人はいない。 プライベートな用事だとしても、今日だけは俺を優先してくれるだろうなんて、一瞬でも思った自分が恥ずかしい。 今日横浜に来たのだって、そもそも今の電話の相手がいるからかもしれない……。 あっという間にネガティブな方向へ思考が傾いていった。 電車の中で窓の外を見ながら、和樹さんにとって、俺はけして特別ではないのだ、と何度も何度も自分に言い聞かせる。 ヘラジカとして、サーバルの機嫌を取ってくれているだけなのだ、と。 そもそも和樹さんには忘れられない人がいる。 たぶん最初の獏人形を作った人だ。 そうと知っているのに、デートごっこをしてくれた和樹さんに対し本気で喜んでしまった俺は馬鹿みたいだ。 — 吉祥寺の家につくと、洸と了也がクラッカーを鳴らして出迎えてくれた。 リビングの壁には洸の手作りだろうハッピーバースデーという文字や飾りが、たくさん貼られていた。 下手くそな動物のイラストも貼ってある。 きっと、バクとサーバルとディンゴとヘラジカの絵なのだろう。 キッチンからはビーフシチューのいい匂いもしている。 こちらは了也が作ってくれたみたいだ。 二人は俺が一人だということに驚かないから、最初からこういう予定だったのだろうか。 それならそうと始めに言ってくれればよかったんだ。 腹立たしい気持ちもあったけれど、全てを隠す。 そして、大げさなくらい喜び、ケーキのロウソクも笑顔で吹き消し、シチューをおかわりした。 洸も了也も何度も「おめでとう」と言ってくれ、二人からのプレゼントだと、デザインの良いエプロンをくれた。 「口角を上げていれば、心が騙されて楽しい気持ちになる」って何処かで聞いたけれど、あながち嘘ではないのかもしれない。   心のどこかで、俺が吉祥寺に帰ったら先回りした和樹さんが待ち受けてくれてるのではないか、と思っていた。 それが無理でも、パーティの途中で帰ってきてくれるのではないか、と希望は捨てなかった。 そして今、もうすぐ日付が変わって誕生日が終わる。 こうして待っていれば車の音が聞こえて、玄関が開いて、一緒に寝てくれるのではないかと、まだ祈っている。 照明が消えたリビングでソファに座りながら、意味もなく砂時計をひっくり返し、この砂が全て落ちたら諦めて寝ようと決めた。 サラサラとした砂が一時間掛け全て落ちた時、情けないことに涙が流れ出た。 最初の一滴を我慢できなかったら止まらなくなって、次から次へ流れ落ちる。 そしてそのままグスグスと、泣いてしまった……。 ふと、洸の部屋のドアが開く音がした。 慌てて涙を拭ったけれど、隠しきれなかった。 「洋介さん、どうしたの?どこか痛い?」 駆け寄ってきて、隣に座ってくれた。 「今日さ、和樹さんて、最初からここには来ない予定だったの?」 「ううん。連絡があって。急用ができたから、洋介さんは電車で帰るって」 「何の用かは言ってた?」 「電話は了也さんに掛かってきたから。長々と話し込んでたけど僕は聞いてない。とにかく急用だって」 「長々と……。急用なら仕方ないよな、うん」 「残念だったよね。僕もみんなでお祝いしたかった」 「あのさ、俺さ……」 胸の内を話し始めようとしたら、洸が慌てる。 「ダメ、ダメだよ。僕は聞けない。話を聞いてあげられない。ごめんなさい……」 そうか、洸はバクだから。 こういうとき彼に話すことはできないのだった。 それでも隣に居続けてくれた。 「洋介さん、ココア飲みます?僕、喉が渇いたから起きてきたんです」 洸がミルクパンで牛乳を温めてくれ、二人でココアを飲んだ。 洸は壁に貼ったままになっている飾りをどうやって工作したか、一生懸命に話してくれた。 俺が少しでも明るい気持ちになるようにだろう。 寂しさは少し薄れ、弟のように可愛い洸を愛おしく思った。

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