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[サーバル] 12.兄から語られる始まりの話

仕事のない退屈な毎日を過ごしている。 外はジメジメとした雨ばかりで、気分も滅入ってしまう。 洸も同じだろう。 仕事がないということは、了也との接触もないわけで、その点は特に可哀そうなことをしてしまったと申し訳なく思っている。 昼過ぎに和樹さんが訪ねてきて、「洋介、留守番を頼みます」とだけ言って、洸を車に乗せどこかに出掛けていった。 おそらく退屈しのぎに本部事務所に連れて行き、事務作業でも手伝わせるのだろう。 二人が外出し、一時間程した頃インターホンが鳴った。 宅急便かと思って玄関を開けると、そこには洸の兄、孝志が立っていた。 退屈にまかせリビングに招き入れ、コーヒーを出す。 土産だと言って、餡子ものの菓子折りを差し出された。 「洸は元気にしてますか?」 「はい、とても。今は草上と事務所に出掛けていて、たまたま留守にしています」 「そうですか。元気ならよかった」 安堵したように、ふーと息を吐く。 「今日はどんな御用で、いらっしゃったのでしょう」 「いや、あの。申し訳ないけれど、やっぱり心配で。東京へ来る用事があったので顔を見られればと思って……」 彼は一口、コーヒーを飲む。 「この前ここへ来たとき、二階の窓から、大きな声で俺の名を呼んでくれて。あの姿を見れただけで、俺はこの状況を受け入れようと思えたんです。でも、やっぱりね、年の離れた弟のことになると心配で、つい……」 こうして落ち着いて顔を合わせれば、穏やかで話しやすい人だ。 洸と顔や背丈はあまり似ていないが、耳の形は全く同じだった。 「一つ聞いていいですか?草上和樹さんの父親のせいでお母さんが失踪したって、この前言ってたでしょ?それは本当なんですか?」 「嘘を言う必要はないでしょう」 「まぁ、そうですね。でも意外な接点だなと思って」 「時間はありますか?長くなりますけど。洸の側にいる人には知っておいてもらいたいから」 孝志はそう前置きし、話を始めた。 「うちの家は、両親と年の離れた兄弟二人の仲の良い四人家族でした。洸が中学に上がる少し前、俺は東京の大学に通っていて、季節に一回は帰省していました。俺が帰る度に、皆で食卓を囲み賑やかな団欒を過ごすのが家族の恒例で」 洸を迎えに行ったときに見た、リビングを思い出す。 「異変が訪れたのは洸が中一の秋です。その時は皆で手巻き寿司を食べていました。なぜそんな話になったのかは覚えていないけれど、父と母の馴れ初めの話題になり、母が思い出話と共に、どれだけ父を愛しているか俺たちに惚気て。父もアルコールが入って機嫌がよく、母のことを大好きだと語ったんです」 「あぁ……」 「しばらくして洸が「気持ちが悪い、身体に力が入らない」と訴え出しました。両親はとても心配したけれど、熱もないので一晩様子をみることになって」 見ても無いのに、その光景が目に浮かぶ。 「翌朝、父と母の様子がおかしいとは感じたけれど、何が変なのかあの時の俺には分からなかった。洸の体調は回復せず、医者に行ったが原因不明で、その日は学校を休みました。おそらく寿司にあたったのだろうと、俺はあまり心配していなかった……」 孝志は深く息を吐いて一呼吸開けてから、続きを話し始める。 「次の季節に帰省した時、突然、両親から離婚すると打ち明けられました。更に洸はあれからずっと体調が優れず、あまり学校へ行けていないと聞き心底驚いて。そして父親は家を出て行き、母親と学校を休みがちになった洸の二人暮らしが始まったんです」 洸がバクであることを分かった上で聞けば、納得できる話だ。 しかし当時の孝志には、一体何が原因なのか少しも分からなかっただろう。 俺はコーヒーのおかわりを注ぎ足し、話の先を促した。

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