33 / 33

[ヘラジカ] 1.キッチンで盗み聴き

■登場人物 ・洸:[こう](バク) ・洋介:[ようすけ](サーバル) ・草上和樹:[くさうえかずき](ヘラジカ) ・了也: [りょうや](ディンゴ) — ・秋良:[あきら](バク) ・手塚:[てづか](本部のバク) ・健一:[けんいち](秋良のディンゴ) — ・孝志:[たかし](洸の兄) 吉祥寺の新チームがスタートし、もうすぐ半年が経つ。 先月は洋介を謹慎処分とした為、三週間ほど休んでいたが、今は順調に稼働している。 代表という立場上、皆が等しく大切だけれど、やはりこのチームは特別だ。 そもそも拠点としている場所が、自分の生まれ育った家なのだ。 洸は義理の弟になるかもしれなかった子だし、了也は私の幼馴染というには深すぎる間柄の男と従兄弟で、洋介は事業を始めて最初の客だった。 これでは、チームへの思い入れが強くても仕方がないだろう。 そもそも洋介のことは、ずっと特別に思っている。 仕事として彼の初恋を奪った自分にそんな資格はないと考えながらも、愛おしくて仕方がない。 とはいえ、思いを告げたことはない。 なぜなら私の周りには、いつでもバクがうようよしていて「好きだ」「愛している」の言葉を口にする恐ろしさを、嫌というほど知っているから。 洸は度々、私宛にスマホからメッセージを送ってくる。 最初は誰かとやり取りをすること自体が、純粋に楽しかったのだろう。 けれどここ最近は少し内容が変わった。 昨日届いたメッセージは『洋介さんが作ってくれた冷やし中華、美味しかったです。和樹さんも食べに来ればいいのに』だった。 数日前は『今日も僕は動物園へ散歩に行きました。ついに年パスを買っちゃった!洋介さんは、退屈そうでしたよ』と書いてあった。 要するに、洋介にもっと会いに来てやってくれということなのだろう。 洸に心配される程、私は洋介をかまってやれていないだろうか。 洋介もまさか洸が、私宛にこんなメッセージを送ってきているとは、思っていないだろう。 — 夕方行われた他チームの仕事を見守った後、気まぐれで車を吉祥寺へと走らせた。 到着すると、玄関前の照明も消されていて、既に本日の業務は終了したのだと分かった。 前庭に駐車し車を降りると、モワッとした暑さがまとわりつく。 鍵束から一本を選び玄関ドアを開け、家に入った。 リビングにはまだクーラーがついているようで、家の中はひんやりとしていて心地いい。 キッチンでは食器洗い機が唸っていた。 片付けはひと段落したようで、洋介はスツールに座り、冷蔵庫にもたれかかって目を閉じていた。 リラックスとは程遠く眉間に皺が寄っている。 耳にはワイヤレスイヤホンがはまっていて、どうやらまた洸の部屋を盗聴しているようだ。 そっと近づき、彼の右耳のイヤホンを外す。 驚く洋介をよそにそれを自分の耳に入れ、立ったまま冷蔵庫に寄りかかって、腕を組んだ。 「洸、そんなに眠そうで、何がしたいんだ?」 了也の声がする。 「ん……、ちょっと、だけ、待って……。起きる、から」 洸の声は半分眠っている。 「オマエが五分したら、どうしても起こして、っていうから……」 「ん……、起きる、から」 「一昨日も、結局そのまま寝ただろう。バクの仕事をした後は、少なくとも一時間は寝たほうがいいんじゃないのか、手塚さんもそう言っ」 「ん……。ねぇ、了也さん……」 「なんだ。どうした?洸」 了也の声が甘ったるくて面食らう。 「ねぇ、あのね……、もう一度、して。今度はもっと先まで……ねぇ、ダメ?」 了也が大きく息を吐くのが聞こえた。 「ダメなものか」 布の擦れる音。 ベッドが軋む音。 「ひゃっ」 洸の可愛い悲鳴が上がる。 「俺のだって、毎回こんなになってるって知ってたか?洸」 「あぁ。よ、よかった……。それが、知りたかった、から……」 洸の声は、泣いているように震えていた。 「これは、どういう状況ですか?」 小声で洋介に聞いたが、彼は静かに首を振る。 イヤホンからは、「ふぁっ、やっ」と洸から甘く溢れ出す声が聞こえ始めた。 了也の息遣いも荒々しくなる。 洋介が口を開いた。 「洸くんが、了也に食われちゃう……。和樹さん、こんなときサーバルはどうしたらいいの?」 「大丈夫。了也は、洸が辛くなるような事は口にしませんよ」 「だけど……」 「彼はバクという者を勉強していました。手塚にもだいぶしつこく質問をしては嫌がられてましたからね。途中から取材の話は無くなったのに、変わらずバクを知ろうとしている。だから、大丈夫です」 イヤホンからは、湿った水音と、気持ち良さそうな声まで聞こえ始め、私は流石に耳からそれを外した。 顰めっ面の洋介の左耳からも、それを抜き取ってやる。 「心配ですか?前のバクのようになるんじゃないかと?」 「だって……」 「そうですね。心配でしょうね」 「それに、了也はバクに同情してるだけかもしれない。愛とは限らないのに」 「いいと思いますよ。それでも」 洋介が複雑そうな顔をして俯く。 「洋介、お風呂一緒に入りましょうか?」 「へ?」 「今なら、邪魔者はいません」 そう笑いかけたら、拳で私の腹を弱々しく殴ってきた。 「さぁ、行きますよ」 手を引いてスツールから立ち上がらせ、風呂場へと連れていく。 嫌々歩き始めた洋介の足取りも、風呂場に着く頃には軽くなっていた。 — 翌朝。私は洋介の部屋で目を覚ます。 まだかなり早い時間だが、カーテン越しに夏の眩しい光が降り注いていた。 洋介は裸のまま、上半身を起こしている。 「もう起きるのですか?」 「あのさ、了也は洸くんの部屋で朝まで寝たと思う?」 「さぁどうでしょう。でも、情のある男ですから。洋介はどちらがいいと思っているの?」 洋介の素肌に手を伸ばし、昨日自分がつけた赤い痕を撫でながら聞く。 「初めてしたのに、朝まで一緒に寝てやらないようなディンゴには文句の一つも言ってやる」 そう言って洋介はベッドから出て、脱ぎ散らかしてある部屋着を纏っていく。 二人でキッチンに行き、眠い目を擦りながらコーヒーを飲んだ。 七時。 洸の部屋の扉が開いた。 大欠伸をしながら了也が出てくる。 「あれ、おはよう。二人とも早いねー。今朝は何かあるのか?」 続いて洸が顔を出す。 ちょっと恥ずかしそうに照れながら「おはよう、ございます」と口にした。 洋介は二人に向かって「少し時間かかるけど、フレンチトーストでも焼こうか?」と聞いた。

ともだちにシェアしよう!