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[ヘラジカ] 2.トラブルに見舞われる
吉祥寺の家で皆と夕食を取ろうとテーブルに着いた時、片隅に置いていたスマホが震えた。
「和樹さん、電話鳴ってる」
いち早く気がついた洋介が、手渡してくれた。
画面に表示された名は、秋良のサーバルだ。
こんな時間に?と嫌な予感がし、慌てて通話ボタンを押す。
「どうしましたか?」
私の声が思いのほか硬かったようで、皆が茶碗に白米をよそったりする動きを止め、こちらを見た。
「えっ、どうして……。はい。それで?落ち着いてください。貴方が慌ててどうするのです。はい。すぐ行きます。病院か警察か、向かうべき場所が確定したら、メッセージを送ってください」
私こそ、落ち着かなくては。
そう思い、深く息を吸い込む。
「……はい。貴方は健一に付き添って。そうです。秋良はそこにいますか?では替わってください」
秋良の名前が出て、洸が椅子から立ち上がる。
「秋良、大丈夫ですか?怖かったでしょう。はい。そうですね。健一のことは私に任せて。はい。今から了也と洸に車で迎えに行ってもらいます。それまで自分の部屋にいなさい。一週間くらいこちらに泊まる支度をしておくように。いいですね」
そして私はすぐに、本部所属バク・手塚へ電話を入れる。
「もしもし、草上です。今すぐ、ディンゴと吉祥寺へ来れますか?はい。一時間後には相談者が到着します。万が一遅れそうだったら、洋介にメッセージを送ってください」
不測の事態に慣れている手塚は、それ以上聞かずに「承知しました。おそらく間に合います」とだけ言って電話を切る。
皆が私に説明を求め、じっと見つめてきた。
洸の顔は、不安げに揺れている。
「了也と洸はすぐに出掛ける支度をしてください。洸、作務衣じゃなくて普段着に着替えて。洋介、すまないが炊飯器の白米でお握りを作ってもらえますか?その後もう一度炊いて、手塚たちにも食べさせてあげてください」
そんな説明では満足しなかっただろうが、皆が動き出した。
私は再びスマホを手に取り、顧問弁護士へ電話を掛ける。
—
秋良のチームは、今日は相談者が来ない日だった。
秋良はディンゴの健一と二人で外食の約束をしていたらしく、夕方に拠点であるマンションを出た。
エントランスの自動ドアが開いた瞬間、何者かがナイフを持って秋良に向かって走ってきたという。
幸い健一がそれに気が付き、咄嗟に秋良を突き飛ばした。
彼の怪我は、倒れこんだ時に頬についたかすり傷程度で済んだらしい。
暴漢は刃物を人に向けた経験などなかったのだろう。
すぐにナイフを落とした。
しかし、頭に血が昇った健一は反撃に出て、相手を拳でボコボコに殴った。
通りすがりの人がそれを見て「喧嘩だ」と警察に通報したという。
外の騒々しさを聞きつけ、エレベーターでマンション下に降りてきたサーバルがまず見たのは、怯えてうずくまる秋良。
さらに、男に馬乗りになる健一と、それを止めようとする近所の交番の警察官の姿だった。
男の顔は鼻血で汚れていたとはいえ、サーバルには一ヶ月前に来た依頼者だとすぐに分かったそうだ。
—
私が、健一とそのサーバルを車に乗せ、吉祥寺に戻れたのは、日付が変わってからだった。
リビングには、秋良を連れてきてくれた了也、予定通りこの家で相談者の対応をした洋介、ピンチヒッターに来たまま残ってくれている手塚とそのディンゴが集まっていた。
秋良と洸は、洸の部屋で、二人寄り添ってもう眠ったそうだ。
了也が言うには、マンションの部屋に到着した時、秋良は洸の顔を見るなり緊張の糸が切れたのか、わんわん泣いたという。
つられて洸も泣きだしたというから、さすがの了也もオロオロしたことだろう。
今ここにいる全員が、とにかくバクが無事でよかったと改めて思っている。
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