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[ヘラジカ] 8.洸が眠ったあとで

「翔、家族と仲違いっていうのは、大丈夫なのか?」 了也は、洸と仲良くなった翔を気に入ったようで、食後のコーヒーを飲みながら、心配そうに声をかける。 「ここ一年半くらい、母方のお祖父ちゃんと、かなり田舎の山間で二人で暮らしてたんだ。お祖父ちゃんは無口で人付き合いもない人で、僕にとっては心地のいい場所だった。でも具合が悪くなって、一か月くらい前に入院しちゃって……」 途端に泣き出しそうな悲しい顔になる。 「大きな病気が見つかっちゃったんだ。僕は毎日のように病院に付き添っていたけれど、もう残り少ない命だと分かると、色んな親戚が会いに来るの。最後に一目会いたいって……。僕の母や姉や、離婚した父もお見舞いに来たよ。彼らとはもうずっと会っていなかったんだけど、何年かぶりに顔を合わせて話もした」 話を聞いていた洋介も、泣き出しそうな顔になった。 「家族ってすごいよね。関係が悪くなってから何年も経っているのに縁は繋がったままだったんだ。恋人みたいに無になったりしないの。だけど僕は、数日間一緒にいるだけでまた些細なトラブルを起こして。窮屈になって、吉祥寺へ逃げてきたんだ」 恐る恐る、洋介が聞く。 「それでお祖父さんは?」 「今朝、亡くなったって」 「そんな……」 洸が立ち上がって「行ってあげなきゃ」と声を上げた。 窓ガラスはカタカタと鳴り続け、雨の強さだけでなく、風の威力が増しているのが見ないでも分かる。 「うん。でも僕、人が集まる場所が苦手で。お葬式とか無理だと思う。ごめんね!こんな暗い話しちゃって。大丈夫だから。お祖父ちゃんとは、東京に出てくる前の日に、色々話をしてきたから。といっても僕が眠るお祖父ちゃんに一方的に話し掛けただけだけど」 「これからは、どこで暮らすつもりですか?」 「うーん、分からない。しばらくはお祖父ちゃんと暮らしてた家で一人暮らしをすると思う」 「困ったことがあったら、またここに来なさい」 翔は、頷くでも返事をするでもなく、微笑を浮かべただけだった。 — 秋良が泊まっていた時のように洸の部屋に布団を敷き、翔はそこで眠った。 二人が部屋に引き上げた後も、台風はゴウゴウと音を立て家を揺らし続けている。 洋介と了也と三人で、なんとなく天気予報を見ながら、リビングのソファに座って各々がスマートフォンをいじっていた。 すると洸の部屋の扉が開いて、翔が一人で起きてきた。 のろのろと洋介に近寄り、台風にかき消されそうな小さな声を出す。 「ごめんね、洋介さん……」 洋介が立ち上がって、翔をギュっと抱きしめた。 事情の分からない了也が、訝し気にその様子を見ている。 「翔は、洸の前、この家のバクだったんですよ」 私が了也に教えた。 「本当にごめんね、洋介さん。この家を出ていく時「バクとして働かなければよかった、こんなとこ来なければよかった」って言ってしまって、ごめんね。今はそんなこと少しも思っていないから。ここでバクをした一年間、どんなに守られていたか、恵まれていたか、後になってちゃんと気が付いたから……」 「謝らないで、翔。またここに来てくれてありがとう」 翔はいつの間にか流れ出ていた涙を、手の甲で拭った。 「ミートソーススパゲティも美味しかった。僕の大好物だって覚えていてくれて、うれしかった」 「うん、ちゃんと覚えていたよ」 「変わらないね、この家。あの大きな観葉植物が増えたくらいかな。このソファも懐かしいよ。ここを出ていったときは、好きな人への感情が無になった副作用なのか、思い出の場所を忌み嫌うような気分だったんだよね。もうここには居られないって、そう思っちゃった。何でだったんだろう」 「そういうものらしいですよ。バクに無にされた者は皆ね」 「お祖父さんの家に戻って、その後はどうするの?」 洋介が心配そうに訊ねる。 チラっと私を見たのは、またバクとして雇ってやれないのか、という意味だろう。 「わからない。でも、和樹さんがくれた高額の退職金、まだ手付かずだから大丈夫」 翔はそう微笑んだ。 「さっきお風呂で洸くんに「今幸せ?」って訊いたら「とても幸せ」って言ってたよ。昨年までは色々辛かったことがあったけど、今は一つも辛いことがないって。あの子とてもイイ子だね。大切にしてあげて、今のバクを」 それを聞いた洋介が、もう一度強く翔を抱きしめた。

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