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[ヘラジカ] 10.白紙のアンケート
次は洋介の番だ。
チームに属している時のみ面談は行われるから、洋介は通算二回目となる。
「設問①ヘラジカへの不満。うーん、長文ですね。これは後回しにしましょうか。設問②ディンゴへの不満。『了也がいつかふざけた軽いノリで、洸くんに大好きだぞって言いそうで怖い』」
「あぁ、やっぱり今回も声に出して読むんだ」
「了也のこれは本人が何より恐れていました。自覚があるようなので、大丈夫でしょう。心配しすぎないように。洋介も近頃は了也を認めたみたいですね」
「だって、洸くんが幸せそうで安定しているから……」
「そうですね。それが何よりです。次③バクへの不満。『何を作っても美味しい美味しいと食べるから、何を最も美味しく感じているのか、分からない』」
「こういうところも可愛いよね、洸くん」
「えぇ、多感な時期を苦労して過ごしただろうに、どうしてあんなにも捻くれずにいられたのでしょうね」
「うん。もっと我儘を言えばいいのに……」
「④拠点としている家への不満。『タイタニックにもそろそろ飽きた』これは家への不満ではないですね」
「いや、どの欄に書いていいのか分からなくて。毎度タイタニックを見ている理由は、分かっているつもりだよ。何年後かに相談者が「昔、相談したことがある」って言ってきた時に、どのチームの案件だったか特定する為なんでしょ?どの場所で相談したのかってことより、あの時三時間見た映画は何でしたか?っていう方が、意外とみんな覚えているっていうのも納得だし。……でも、そろそろ見飽きたな」
「三時間を超えていて、他のチームと被らなくて、少なくとも半年以上は見続けられる映画が見つかれば、変更してもよいですよ」
「んー、見つからなそう……」
「では最後、⑤チームへの不満。『誰も有休を取らない』これは……」
「この前、俺が謹慎になってしばらく仕事が休みになったっていうのもあると思うんだけど。それに一ヶ月以上前に申請するっていうのも、ハードルが高いのかな?でも、前のディンゴはよく有休取ってたよね。翔も誘ってさ」
これが判明しただけでも、今回面談をした甲斐があったと私は思った。
「洋介は、有休制度について二人に説明しましたか?」
「いや、してないよ。だってそれは事前にヘラジカがするんだよね?」
「そうなんです。私が二人に伝えるべきでした。初仕事の日が初顔合わせという異例のバタバタで、しかもあの時点で了也は取材目的というやっかいな存在でした。つまり伝え忘れてますね、私」
「なんだ!そういうことね。二人が有休取れば俺も休みになるし、冬になる前には休みを取ってもらうよう話してみるよ」
「さて、①ですけど後ほどで読ませていただきます」
洋介は恥ずかしそうに笑い、アイスコーヒーを一気に飲んで帰っていった。
—
最後は「緊張している」と怯えていた洸だ。
「何を飲みます?」
「あ、アイスココアで……」
「そんなに緊張するようなことでは、ありませんよ。リラックスして」
「で、でも僕、アンケート用紙に何も書けなくて、この紙をもらってから、本当に何日も考えたんですけど、まだ白紙で。……ごめんなさい」
洸は頭を下げ、俯いてしまう。
「そうですか。理由を聞いてもいいですか?」
「本当に不満なんて無いんです。和樹さんは、顔を合わせたこともなかったのに、二十才になるのを待って迎えに来て、僕をバクにしてくれました。もしも手を差し伸べてくれなかったら、僕は今もまだあの二段ベッドの中にいたと思うんです」
迎えにいったとき見た、彼の実家の子ども部屋が頭に浮かぶ。
「それから洋介さんのお陰で、規則正しい普通の日常生活を過ごせるようになりました。食事を心待ちにして、更に美味しいと思う感覚を取り戻せたのは、当たり前のことではないんです」
洋介は心配していたけれど、洸は本当にどの料理も美味しく感じているのだろう。
「了也さんのことは上手く言えないけれど、ずっとずっとこれからも僕のディンゴで居てほしい。了也さんがディンゴじゃなかったら、僕はバクを続けられないと思います。吉祥寺の家で、これからも毎年毎年桜の花が咲くのを見たいんです。このチームにどうか僕を置いてください」
洸の声は真剣で、必死に自分の思いを私へ伝えようと頭を下げる。
「洸。申し訳なかったです。このアンケートは少し意地悪過ぎましたね。来年からはアンケートの内容を変更しますよ。洸が今言ってくれたような、良いことも書けるような問いにします」
洸は顔をあげ、二コリと笑った。
安心したのかアイスココアに口をつけ「冷たくて、美味しい」と呟いた。
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