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[ヘラジカ] 12.いなくなった秋良
土曜の昼食に間に合うよう、吉祥寺へと車を走らせていた。
信号待ちをしている時、前方の横断歩道を歩いている男が目に留まる。
以前、幸せなのに互いの愛を無にし、出会いからやり直したいと言っていた、あのカップルの彼だ。
彼の左側に絡み着くよう腕を組んでいたのは、この前とは違う女だった。
「ほらやっぱり……」
思わずそう呟き、自分のしている仕事が少し馬鹿らしく思えた。
そのまま自分の胸に納めればよかったのだが、虚しさを誰かと共有したく、昼食の時このカップルのことを話題にしてしまった。
了也は「だろうな」と呆れ、洋介は「やり直すって難しいんだね」と考え込む。
何も感想を口にしなかった洸は、あからさまに食べるペースが落ち、酷く落ち込んでしまったようだ。
私は洸の前で話すべきではなかったと、洋介の作ってくれたタコライスを口に運びながら反省する。
昼食後、了也がまだまだ残暑のきつい恩賜公園へ洸を散歩に誘い、出掛けていった。
帰ってくる頃には笑顔になっていることを願って、送り出す。
—
リビングのローテーブルに書類を広げて仕事をしていると、秋良のサーバルから電話が掛かってきた。
今度は何があったのかと、一呼吸置いてから通話ボタンを押す。
「か、和樹さん、秋良を知りませんか?」
サーバルは何の前置きもなく、慌てた声でそう告げた。
いつも休日は遅くまで寝ている健一が、朝早くに起きてきて「部屋に秋良がいない」とサーバルに告げたという。
どういうことかと健一を問いただすも、はっきりしたことは言わず「探しに行ってくる」と出掛けてしまったらしい。
「昼過ぎまで待っていたのですが、二人とも帰ってきません。スマホにメッセージを送ったり電話を掛けたりしてますが、全く反応がありません」
「今日は相談者が来る日でしたね」
「は、はい。相談者さんの都合で今日は夜ではなく、午後にいらしゃいます。三十分後です」
サーバルが戸惑っているのが、電話でもよく伝わってきた。
「すぐに洸を連れて行きます。それまで何とか場を繋いでいてください」
リビングのソファにいた洋介が状況を察知し、了也に電話を掛けてくれている。
「もしもし、了也さん?今どこ?すぐに戻れる?」
彼らが今いる場所を聞き出し、車で拾うから大通りへ出て待つように伝えてもらった。
洋介には万が一、秋良と健一がここを訪ねてくる可能性もある為、留守番を頼んだ。
相談者を三十分待たせたが、なんとか無事に業務を終わらせられた。
サーバルは一階のエントランスまで、相談者を見送っていく。
ちょうどそのタイミングで私宛に洋介から電話が掛かった。
「和樹さん、ついさっき秋良が一人でこっちに来たよ」
「そうですか。とりあえずよかった。美味しい物を食べさせてやってください。今から皆で吉祥寺へ戻ります」
「事態はあまり良くないみたい……」
小声でそう言った洋介は、翔のことを思い出しているのだろう。
「そうですか。ゆっくり休ませてやってください」
秋良の部屋を借り、了也に吐精させてもらった洸は、眠りに落ちたばかりのようだ。
眠ったままの洸を了也が抱きかかえて車に乗せ、吉祥寺へと向かう。
サーバルには健一が戻るかもしれないから、このマンションで待機してもらうことになった。
車の中で眠っていた洸を、到着する少し前に了也が揺すって起こす。
眠そうに眼をこする洸へ、私はできるだけ冷静に状況を伝える。
「起きましたか?お疲れ様でしたね。秋良は吉祥寺の家を訪ねてきたそうですよ」
「あー、よかった!」
「……たぶんですが、秋良が健一に愛を伝え、無になったのだと思います」
「えっ……」
「無になると、深く想い出のある場所や物を、忌み嫌い自然と避ける傾向があります。それで彷徨った挙句、洸のところへ会いにきたのでしょう」
「これから秋良くんはどうなるの?」
洸の声は、不安げに震えている。
「ケースバイケースですから、よく話し合います」
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