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[ヘラジカ] 14.本当に無にしていいの?
新しいディンゴ選びは、バーや飲食店を営む『ハイタカ』と呼ばれる人達に、毎回協力を仰いでいる。
彼らは店の客に、ディンゴに相応しそうな男が現れると一報をくれる。
ヘラジカは店へ出向き、偶然居合わせた客同士を装い、ディンゴ候補の人となりを観察する為に、さりげなく会話をするのだ。
先月、東北の新チームのディンゴ選びに協力してもらったばかりなので、特に懇意にしているハイタカも候補のストックが無いと嘆いていた。
「和樹、いつも「ディンゴ選びは慎重に」って自分で言ってんのに、この前の東北の子の時も即決だっただろ?よく吟味してやれよ」
「ありがとう。わかってるつもりだ」
確かに焦りは禁物だ。
それでも、少しでも早く秋良にディンゴを見つけてやりたくて、ハイタカたちの店に足繁く通っている。
その為、吉祥寺の家に足を運ぶ回数がいつもより少なくなるのは、仕方がないことだった。
一週間ぶりに一軒家を訪れると、洋介はムール貝のたくさん入ったパエリアを作ってくれていた。
皆でワイワイと賑やかに夕食を食べ、時間がくればリビングへと移動し、いつも通りに相談者を招き入れる。
本日の相談者は、五十才前後の随分と疲れた表情をした女性だった。
ローテーブルの上に獏人形と砂時計が置かれ、女性の話が始まる。
「先月、主人が亡くなりました。私と、中学生と高校生になる二人の息子を残し、突然のことでした」
女性の疲労の原因が明らかになり、ロングスカートにブラウスという清楚な服装に反した、アンバランスな靴下が目に入る。
細かいことまで、気持ちが行き届かなくなっているのだろう。
女性はご主人との馴れ初め、レストランでのプロポーズ、いかに幸せな結婚生活だったか、どれほど愛されていたか、を語り始めた。
「口数は少ない人でした。でも不器用ながらに、日々気を遣ってくれて……。出張などで地方に行くと、家族皆に一つずつお土産を買ってきてくれるんです。それはいつも、そのタイミングでそれぞれが欲しかった物で。よく見てくれているのだなと……」
突然、洸がソファから立ち上がる。
もう具合が悪くなり始めているようで、立った勢いでフラっとよろめき、咄嗟に了也が駆け寄り支えた。
支えられながら洸は悲しそうな声で、女性に話し掛けた。
「そんな大切な想い、忘れちゃダメだよ。まだまだ長いこれからの人生、その想いを糧に過ごせばいいじゃないですか。なのに無にしようとするなんて……ひどいよ……」
私は立ち上がり、洸の前に歩み出る。
そもそも、このタイミングで止めても、もう手遅れだ……。
「やめなさい。貴方にそんな事を言う資格はない。どんなご事情があって、どんな風に決意をされて相談にいらしたのかも、私達には察するに余りあるのだから。謝りなさい」
学校の先生のように謝罪を促してしまったが、洸は何も言わなかった。
ただ頭を下げてからソファに座り、俯いてしまう。
その隣に寄り添うように了也が座った。
「お話を中断し、申し訳ありませんでした。続けてください」
女性に詫びて、私も元居た場所に座る。
洋介は戸惑いながら「それで……続きをお聞きします」と話を促した。
女性は、洸の言葉に対してしばらく考えこんでいるようだったが、再び話を始めた。
話の終盤には「思い出などに縋ってはいられないんです。これからは私がしっかりと働いて、二人の息子を大学まで行かせなければならないのだから」と繰り返し、繰り返し言っていた。
タイタニックの映画を見終わった後には、もう進むしかないのだという力強い意志が、彼女の目に宿っていた。
心なしか背筋も伸びている。
女性は獏人形に手を合わせた後、横たわる洸の側へ移動し「ありがとう」と、やさしい声で話し掛け、帰っていった。
洋介が玄関まで見送っていったその後ろ姿を見て、了也が呟く。
「背水の陣か。強い女性だな。でも洸の言う通り、糧にもできただろうに……」
その通りだと思ったが、返事はしなかった。
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