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[ヘラジカ] 15.考えても出ない答え
その日の深夜。
風呂から出ると、照明を落としたリビングにバスタオルを頭から被った洋介がぽつんと座っていた。
「どうしました?」
私は洋介に寄り添うようにして、ソファへ座る。
「洸くんが言うように、あの女性は旦那さんのことを忘れるべきではなかったのかもしれない、と思って……」
「それは、相談者さんが決めることです。あの女性は聡明な方でした。考えて考えて、忘れることを選択したのでしょう」
「でも俺、電話で相談内容を聞いた時も、あの場で旦那さんの思い出話を聞いていた時も、なんの疑問も抱かなかった。忘れさせちゃっていいのかな?って考えもしなかった。恋や愛を忘れさせることに、慣れすぎてしまっているのかも……」
「そうですね。私も同じです。だから洸の言ったことにショックを受けました」
「和樹さんも?」
「えぇ。けれどこれが、私たち草上カウンセリングの仕事です。洋介はサーバルとして仕事を全うしたのです」
しばらく二人で暗いリビングに座り込んでいた。
ふと、洋介が口を開く。
「もしも、もしも、俺がサーバルを辞めたりして、和樹さんと縁が切れても俺のことを忘れないでほしい。バクを使って無にしないでほしい」
「えぇ」
「こんなこと言ったらダメだって分かってるけれど、俺、バクじゃなくてよかった……背負いきれないよ」
洸と、秋良と、翔のことを思い出しているのだろう。
組織のトップとして言うべき言葉ではなかったが、私も正直な気持ちを伝えた。
「私も、自分がバクじゃなくてよかった、と日々思っていますよ」
—
私らしくもなく、その晩はなかなか寝つけなかった。
明け方にウトウトと微睡み浅い眠りの中で、可笑しな夢を見る。
体育館のような広い場所が、大きな色とりどりの風船で埋め尽くされていた。
その場所で洸と洋介が必死に何かを探している。
これでもない、あれでもない、と一つ一つ風船を検分しながら。
夢の中の二人が片隅に立つ私に気が付き「どうしよう和樹さん、見つからない」と泣きながら口々に訴えてきた。
「どうしたのですか。何を探しているのです?」
「返さないと、無にしてしまった想いを、やっぱり返さないと」
洋介がそう言えば、洸も縋ってくる。
「どうしよう。無にしちゃいけなかったのに。ダメだったのに」
私は二人を宥めようとする。
「返すなんて無理なんですよ。もうどこにも残っていないんですから」
けれど二人は、また一つ一つの風船を検分し始めた。
どうしよう、どうしようと言いながら。
その風船の一つが突然パンっと爆ぜて、浅い眠りから眼が覚めた。
窓の外は、もう明るくなり始めている。
—
「昨日はごめんなさい」
洸はスクランブルエッグの朝食を食べる前に、私と洋介に頭を下げ謝ってきた。
「いえ、もういいのです。正直私も洋介も、色々なことを考えるきっかけになりました」
「でも、あの女性に失礼なことを言ってしまいました」
「そうですね……。ところで有給休暇のことは洋介から聞きましたか?」
突然、話を変えた私を了也も訝しんで見てくる。
「昨日のことは正解など分からないことです。しかし、各々がよく考えてみる必要は、あると思いました。奇数の日を二日くらいお休みにして、私は洋介と旅行にでも行こうと思います。気候もよくなりますから」
何も伝えていなかったから、洋介が「え?」と声を上げる。
「了也も、洸をどこかに連れて行ってあげてください。互いにゆっくりと休養しましょう」
「それはいいな。よし。タウン誌の仕事も有休をとるか。どこに行きたい?洸」
話をそらし、考えてもしかたがないことを考えずに済むようにしてやることしか、私にはできなかった。
どうか洸が、無にしたものを背負ってしまうことがないように、と祈りながら。
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