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[ディンゴ] 7.思いがけない荒治療

二人での留守番も四日目となった。 夜になれば、洋介と和樹が帰宅するという日の午前。 窓の外には冷たい雨が降っていた。 俺は毎日のように昼間に出掛けて時間を潰すのにも疲れ、今日は一日家でゴロゴロしていようと決めた。 洸も雨では動物園に行く気にもならないのだろう。 書庫で本を読んでいるのを見かけた。 めずらしく和樹が俺宛にメッセージを寄越し『今日の予定は?』と聞いてきた。 『雨だから俺も、たぶん洸も家で過ごす』と返信した。 俺たちが親しく二人で出掛けることになったという報告でも、期待していたのだろうか。 ダラダラしていても腹は減るもので、昼食をどうしようか考え始めた頃、インターホンが鳴る。 その音に反応し部屋を出ると、洸も書庫から顔を出していた。 「いいよ、俺が出る」 てっきり宅急便だと思ったのだ。 階段を下り玄関ドアを開くと、そこには若い男性と中年女性が傘を差し立っていた。 男性には見覚えがあった。 洸の兄・孝志だ。 「洸ーー、洸ーー」 彼らに挨拶するより先に、階段の上にいる洸を呼んだ。 正直、自分が彼らの対応をするのは億劫だと思ってしまったから。 何事かと、洸が階段を駆け降りてくる。 「洸ちゃん!まぁ顔色も良くて、すっかり元気になって!」 綺麗だけれど年齢の読めない和服のおばさんが、洸を見て感激し声を潤ませる。 俺はさりげなくこの場を洸に任せ、自室へ引き上げようとした。 けれどそれは許されず、おばさんはいきなり俺の手を取る。 「貴方がお仕事を一緒にしてくださってる方?ありがとうございます。本当に。洸が見違えるように元気になり感謝しています。あぁ申し遅れてごめんなさいね。私、洸の叔母です」 「こんにちは。僕は洸の兄の孝志です。和樹さんにメッセージを送ったら、洸は家にいるだろうという返事だったので。突然すみません。叔母がどうしても洸に一目会いたいと言って。昨日東京で用事があって、今日の午後には地元へ帰るのであまり時間はないのですが、寄らせていただきました」 結局、俺も自己紹介をし彼らに対して「上がってください」と口にしてしまう。 洸はうれしそうで、けれど彼らを案内し忌み嫌うリビングに足を踏み入れる瞬間には、躊躇したのが後ろ姿でもわかった。 俺もコーヒーを淹れリビングへ運ぶ時には、足を踏み入れたくないと嫌な気分になる。 いつかセックスをしたソファに腰掛ける時にも、勇気が必要だった。 「よかったわ。本当によかった」 それでも洸に対し、明るい声を出す上品なおばさんに背中を押され、その場に同席した。 「洸ちゃんが生活している部屋を見たいわ」 更におばさんが言い、二週間近く使われていない部屋のドアを開けた時にも、嫌悪を感じた。 旅に行く直前まで、洋介が窓を開けたりしてくれていたのだろう。 空気は澱んでおらず、洸も俺も及び腰ながら一緒に中に入ることができた。 「僕はもう大丈夫。だから心配しないで」 お兄さんとおばさんに一生懸命心を込めて話す洸の姿に、ボヤッとしていた彼の輪郭が、少しずつハッキリと見え始めた。 洸も俺のことを「この家でお世話になっている人の一人です」と説明し、目を合わせてきた。 彼の目からも、俺のことがしっかりと見えてきたのかもしれない。 俺たちが無になる前に、お兄さんとおばさんが会いに来てくれていたら、もっと洸の楽しそうで生き生きとした姿を見せてやれただろう。 俺ももっと洸の良さを話して聞かせてやれただろう。 そう思うと少し残念だった。 帰り際、おばさんが洸の写真を撮りたいと言う。 ウンベラータの横に立たされて被写体となった洸は、上手に微笑む。 二枚目は、おばさんとお兄さんと洸の三人を俺が撮影した。 三枚目は俺と洸を撮るというので、一旦は断ったがおばさんの圧に負け、二人で並ぶ。 「ほら、もっと近づいて。ギュッと」 洸の顔がすぐ側にある。 ほとんど体温は伝わってこないが、特別嫌な感じもしなかった。 俺も洸も上手に笑えたのかはわからない。 それでもおばさんは満足し、俺に何度も頭を下げ、お兄さんと共に帰っていった。 来客は荒治療のような効果があったのかもしれない。 リビングも洸の部屋も、一度入ってしまったことで平気になった。 無になって、穴の空いたような記憶とともにボヤッと見えていた洸が、洋介や和樹と同じくらいにはここに存在してると認識できるようになった。 洸も「居たのですね」というような、驚きや新鮮さを含んだ目で俺を見ていた。 もしかすると俺たちは、今日新たに、また出会えたのかもしれない。

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