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[ディンゴ] 9.愛のない行為に挑む
時間ぴったりにやってきた健一は、多くを語らなかった。
ただ何度かこっそりと、秋良が住むマンションを眺めに行ったと告白する。
「新しいディンゴと出掛ける姿を見たよ。耐えられないんだ、もう。本当に俺のことなど忘れてしまったんだ秋良は。二年もディンゴをやってバクの特性がどんなものか分かっているつもりだったけれど、信じられない……。俺だけが取り残されて、秋良を好きなままなんだ」
彼はポロポロと涙をこぼす。
いつもはサーバルとして冷静に相談者の話を聞く洋介も、鼻を啜る。
「忘れられない。秋良を忘れられない……。だから洸、無にしてほしい。この辛い思いを。これからも秋良と接点があるだろう君に、頼みたい」
健一は沈黙している時間も長かったが、砂時計の砂は全て落ち続け、一時間が経過した。
「このチームの映画はなに?」
健一が無理やり明るい声で洋介に聞く。
「タイタニックだよ」
「うわー、つまらなそう。和樹さん、俺見ないで帰ってもいい?」
「ええ。いいですよ。もちろん代金も要りません。何か困ったことがあったら、連絡くださいね、健一。私にできることであれば力になりますから」
コクリと頷いた健一は、俺のほうを向く。
「了也さんも洸と無にならないよう気をつけて」
それだけ言い、そそくさと帰っていった。
たぶん秋良への愛が無になった自分を、俺たちに見せたくなかったのだろう。
その後、洸をベッドへ運んだ時、俺には変な焦りがあった。
自分と健一の姿が重なって仕方がないのだ。
もしも、自分も彼と同じ立場に陥っていたら、あんなに苦しむことになっていたのだ。
耐えられないと、バクに縋っていただろう。
一緒に無になっておいてよかった。
そう思う自分が情けなく、卑怯だとすら感じてしまう。
けれど、苦しまずに済んだことはやはり幸いなのだ。
ふと、今夜はできるだけ無になる以前の様に、洸と接してみようと思い立つ。
愛が無になっても、以前のように振る舞えると示したかったから。
俺は、共に無になる道を選んだことを、正当化したかったのだ。
それはディンゴの仕事を続ける上で、大切なことだと勝手に思い込んで……。
「洸、セックスしてみてもいいか?」
驚いた顔を返された。
けれど、洸にも思うことがあったのだろう。
躊躇ってから頷いてくれた。
「一度出してからするか?それともこのままする?」
以前は必ず一度解毒し、少し眠らせてからセックスをしていた。
けれど長い時間を掛けるのも可哀そうだと、今夜は思った。
「い、今からで」
洸も手早く済ませたかったのかもしれない。
彼の下衣を脱がせるが、やはりまだ少しも形を変えてはいなかった。
それは俺自身も同じことだ。
しかし物理的な刺激を与えれば、きっと互いに大丈夫だろう。
ローションをたっぷり使って、秘部をほぐす。
洸は久しぶりなせいもあるのか、枕に顔を押し付けて呻き、快楽の片鱗も見せない。
股間も僅かにしか形を変えなかった。
やると決めた以上は引き下がれなかったが、早くも後悔し始めている。
途中で止めたら、それはそれで洸を傷つけるだろう。
自分の股間にもローションをまぶし、右手を使って勃ち上がらせる。
早く済ませてやらなければ、という可笑しな気遣いだけで、顔も見ず後ろから無理やりのように挿入した。
ただただ苦しそうに呻く洸も、早く吐精し終わらせたかったのだろう。
自分自身を自ら握り擦りあげる。
すすり泣きながら声をあげ、洸が白濁を飛ばした時、俺は我に返った。
達することなく萎えてしまったものを、慌てて洸の中から抜く。
「悪い、洸。俺が悪かった。すまない。申し訳ない。痛い思いをさせた。ごめん」
謝罪の言葉は出てくるが、だからと言って抱きしめてやることもできない。
洸は首を左右に振り、小さな声で「大丈夫」とだけ言ったが、涙が頬を伝った。
そのまま眼を閉じて、彼は眉間に皺を寄せたまま眠りに入っていく。
せめてもの詫びだ思い、丁寧にウェットティッシュで拭い下衣を履かせる。
俺の眼からも、無になって初めて涙が溢れてきた。
好きではないとは、愛していないとは、こういうことなのだ。
相手を思い遣ってやれず、肌を重ねても熱を感じることができず、心の底から湧いてくる様な興奮も何もない。
欲望をぶつけても、ほんの少しも気持ち良くはない。
「ごめん、ごめんな洸」
眠っている洸に向かって、ただただ詫びて涙を流す。
思えば行為ばかりを進めようとして、キスもしていなかったことに、今更気がついた。
こんなのただの暴力だった。
洸の眼尻に浮かぶ涙を拭ってやることもできずに、俺は部屋を出た。
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