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[ディンゴ] 12.まるで初めてのキス

毎日少しずつ気温が下がり、朝晩はコートを羽織る季節になった。 相変わらずタウン誌の仕事が休みの朝はいつまでも寝てしまって、リビングに顔を出した時には十二時を回っていた。 「やっと、起きてきた」 洋介が呆れたように言い、和樹が「寝ぐせが酷いですね」と笑う。 「いい天気だなぁ」 窓の外を見て暢気に呟けば、洸が読んでいた本に栞を挟んだ。 「お天気もいいし皆でピザを食べに行こうって言ってたんです。了也さんも、一緒にどうかなって……」 「おぉいいな。前に翔と行ったって言ってた処か?」 「うん。とっても美味しいから」 俺はその話に乗り、急いで顔を洗い寝ぐせを直す。 四人でこうしてランチに出掛けるなんて、いつぶりだろうか。 もしかすると初めてかもしれない。   評判通りの美味いピザだった。 「これ食べ終わったらさ、ボートに乗ろうよ」 洋介が唐突に言い出す。 腹が満たされ、池の畔へ移動すれば、洋介の発言になるほどと頷く。 今日の恩賜公園は陽の光が暖かく、池も寒々しいとは感じない。 それに紅葉の見頃は混雑していたボート乗り場も、初冬の今ならすぐに乗れそうだ。 「一度乗ってみたいと思ってました」 洸も賛同し、二人が和樹に判断を求める。 「乗りましょうか。こんな機会滅多にありませんし」 「やったー!俺はね、洸くんと乗りたーい」 洋介は和樹と乗りたいのだと思い込んでいたが、二人はさっさと券売機に向かい、足で漕ぐスワンボートに乗り込んでいる。 必然的に俺は和樹と二人で乗ることになったが、彼の「スワンは嫌です」という発言に同意し、手漕ぎボートに乗った。 どうやら漕ぎ手は俺のようだ。 池の上は見晴らしも良く、思った以上に気持ちがいい。 「和樹さんは洋介と乗りたかったんじゃないのか?」 「知らないんですか?この恩賜公園のボートに恋人同士で乗ると別れるって都市伝説があるそうですよ。だから洋介は私とは乗らないでしょう」 「なんだそれ。惚気かよ」 「そうかもしれませんね」 上品な顔があっさりと認める。 「外的要因で精神的に不安定な中、二人で台湾旅行に行き、互いに支え合いましたから」 「はいはい。折角のご旅行前に問題を起こし、申し訳なかったですねっ!」 「全くです」 少し離れたところを漂っているスワンボートから、洋介がスマホで俺たちを撮っていた。 和樹がお返しとばかりにスワンボートに向けてスマホを構えると、洸と洋介は楽しそうにポーズをとる。 漕ぐ手を休めず、横目で洸と洋介を見ながら俺は話し始める。 「なぁ。夏にさ、一度無にしてやり直したいって相談にきたカップルがいただろ?彼らは案の定上手くいかなかった。で、みんなが「やっぱり」って思った」 「いましたね」 「和樹さんの経験上さ、一度無になった相手と愛はまた生まれると思うか?」 和樹は即答してはくれず、一旦深い溜息をついた。 「……そうですね。ハードルは上がるでしょうけれど、また好きになることはあると思いますよ。再び互いに愛し合うことだって、無くはないはずです。恋人に戻るにはタイミングや運が大切だとはいえ、元々好き合っていた訳ですから。相手は好みのタイプだろうし、魅力もあったのでしょう」 「確かに」 「もう一度同じ箇所に惹かれたとしても、おかしくはないですね。まぁ何か変化が生じてその魅力がゼロになってしまったら、より難しくなるかもしれませんが」 「そうか。そうだな」 自分にはそんな魅力があるだろうか、と水面の波紋を見ながら考える。 洸が初めて性的に接した相手が俺だという加点は、もう効き目がないだろう。 そう思うと、再び好いてもらえる自信はない……。 顔を上げると、すぐ近くまで移動してきていたスワンボートから、洸が笑顔で手を振ってくれた。 西日と重なりその姿が酷く眩しく感じる。 「実はね、了也。今の質問と全く同じことを、貴方がまだ寝ていた午前中、洸に聞かれましたよ。何なんでしょうね、貴方たち……」 洸がそう考えてくれたことについて、喜んでいいのだろうか? でも、もしも再び好きあっても、その先また無となることを繰り返す恐怖については口にできなかった。 — 奇数日のその夜。 いつものようにチームの仕事が執り行われる。 タイタニックを見て、相談者が支払いをして、洋介が玄関まで見送っていく。 俺は洸を横抱きにして、常夜灯のみが点いた彼の部屋へと運び、下衣を脱がす。 洸のものをそっと握り、上下にしごきだせば、彼の顔はトロンとしてくる。 雫が溢れ始め、淫靡な水音が部屋に響いて、洸の腰が揺れる。 「あっ、んぁっ、んっ」 高い声が溢れて、シーツをギュっと握りしめて少しのけぞる。 「や、あっ、出ちゃう」 そう口にして洸は吐精した。 そのフーフーと息を吐く上気した顔が、特別に可愛く魅力的に見えてしまった。 安直な言葉で言えば「ときめいた」とでも、言うのだろうか。 けれど俺は、自分がそう感じたことに慌て、急いでウェットティッシュを引き寄せ白濁を拭う手伝いをし、感情を誤魔化す。 洸は一時のように身体を強張らせることはなくなって、出した後はリラックスした表情で眠そうに眼を擦っている。 「洸……」 名を呼ぶと、顔を上げ俺を見た。 「……キスしてもいいか?」 この可愛い顔がどう変化するだろうかと、試してみたくなった。 「嫌ならいいんだ」 慌ててそう言い添えるが「ううん。……してみたい」と小さな声で返事を寄越す。 洸はなぜか改まって、ベッドの上に正座をした。 両手は膝の上で行儀よくグーに握られている。 まだ下衣を身に着けておらず半裸の状態なのに……。 俺も彼の目の前に膝を付け、向かい合って座った。 そっと両手を肩に添え顔を近づけると、洸がスローモーションのようにゆっくり眼を閉じた。 唇を重ねれば柔らかな感触と温かい熱を感じる。 触れ合っていたのはわずか五秒程で、名残惜しくも俺から唇を離した。 キスをする為に、二人してベッドの上に正座しているとはどういう状況だろうか。 俺は急に恥ずかしくなったし、洸も照れたような表情を浮かべる。 そんな自分たちが可笑しくて、顔を見合わせ笑ってしまった。 笑いながらも自分の中に何か欲望のようなものが湧いたけれど、踏みとどまる。 洸のオデコにチュっとだけ短いキスをした。 「おやすみ」 そう告げて、部屋を出た。

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