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[ディンゴ] 16.騙し討ち案件

約束の時間ぴったりに、インターホンが鳴る。 楽しげに歓談していた皆に、少しだけ緊張感が走った。 「皆さんよろしくお願いします」 洋介が全員に挨拶をし、俺に玄関へ迎えに出るよう促した。 玄関ドアを開けると、外の冷たい空気が流れ込んでくる。 相談者の女性は、綺麗なクリーム色のコートを着て立っていた。 俺は打ち合わせ通り彼女と一旦、門柱の処まで出る。 そして白々しく話しかける。 「今度、車でいらっしゃる時には、ほら、そこがコインパーキングです。ここに停めたらいいですよ」 さりげなさを装って辺りに目を配らせると、事前に写真を見て確認していた男が、電信柱の陰からこちらを見ているのが分かった。 「お連れの方ですか?」 男に聞こえるように俺が言えば、彼女が振り向き彼と目を合わせる。 本当に嫌っているのだろう。 作戦だと分かっているはずなのに、ゾッとした顔を浮かべた。 「私のお付き合いしている方です」 「そうですか!よろしければ、ご一緒に参加されませんか?今日は私の誕生パーティなのです」 ストーカー彼氏に声を掛ければ、願ったり叶ったりだというように彼女の横に並び出てくる。 そして誘われるまま玄関で靴を脱ぐから、洋介が二人のコートを預かった。 「先生、お誕生日おめでとうございます」 相談者はたどたどしく俺に小さな包みをくれた。 中身は事前に洋介が指示した新聞紙を丸めた物のはずだが、彼氏は睨むようにそれを見ている。 「洸、ちょっといいか?」 手招きし呼び寄せた。 洸は洋介からシャンパンを注いだグラスを受け取り、二人に「どうぞ」と渡してくれる。 「こちらは私の弟です。私の専門は推理小説ですが、弟は恋愛小説を書くんですよ。よろしければ弟の小説の参考に、お二人の馴れ初めをお聞かせくださいませんか?」 「そうなんです。僕自身経験が浅い為、色々な方の恋愛話を聞かせてもらうのをライフワークにしていて」 四人でソファへ移動し、ローテーブルの上にグラスを置けば、取り分けたオードブルを洋介が運んできてくれた。 それを合図に、手塚と秋良が話の聞こえないところまで離れる。 今日バクの仕事をするのは、洸だけだから。   グラスを合わせ乾杯をし「お二人お似合いですね」と心にも無いことを伝える。 気分を良くした彼氏は、友達の紹介で彼女と知り合い自分から積極的にアプローチし付き合い始めたと語りだす。 「愛してらっしゃるんですね」 定番の合いの手を入れた。 「もちろん誰よりも愛しています。だからこそ彼女の全てを知りたい。なのに彼女は照れ屋さんで、僕の好意にも気遣って遠慮したりする。そんな所も大好きなのですが」 彼女が耐えられないとでも言いたげに、ギュッと目を閉じた。 様子を見ていた和樹が、絶妙なタイミングで近づいてくる。 「先生、弟さん具合が優れないようですね」 「すみません。弟は身体が弱くて、少し休ませてもらいますね」 いつものようにソファにクッションを積み重ね、洸を横にならせる。 その隙に事務の女の子二人が彼女に近づき「お話しましょう」と誘い出し、彼氏と離した。 洋介はリモコンを手に取り、テレビでタイタニックを流し始める。 彼氏はピザをつまみながら、退屈そうにタイタニックを見ていた。 タイタニックが終わり、エンドロールを見ずに彼氏が立ち上がる。 彼女の処には行かず、窓際にいた俺に近づいてきた。 「すみません。用事を思い出しました。本日はこれで失礼します」 「そうですか。彼女さんはよろしいんですか?」 「え?あぁ。一人で帰ります」 チラっとも彼女に視線を向けない彼氏に、洋介がすかさずコートを手渡し門柱まで送っていった。 洋介が玄関ドアを閉めた音が聞こえると、彼女は安心して身体の力が抜けたのか、その場に膝をついた。 「大丈夫ですか?」 手を貸してソファに座るように促す。 「本当に怖かったんです、彼のこと。警察に相談するような実被害がないからこそ、解決方法が分からなくて。親身になってくれる人もいないし……。」 「そうでしたか」 「たまたま職場で耳にした「愛を無にしてくれる」という草上カウンセリングさんのことも、最初は半信半疑だったんです……。でもお願いしてよかった。今は心からそう思っています。助けていただき、ありがとうございました」 ぽろぽろと涙を流し、俺たちに頭を下げる。 それを聞いていた洸が、辛そうにしながらも身体を起こし「よかったです」と声をかけ目を細めた。 助っ人の皆も、同じ組織に属する者として満足そうな顔をしている。 洋介が期待していた通り、仕事納めにふさわしい仕事となったようだ。 彼女は支払いを済ませ、笑顔で帰っていった。 俺は直ぐにでも洸を抱き上げ部屋に連れて行き、楽にしてやろうとした。 しかし、洋介からストップがかかる。 「えー、皆さんお疲れ様でした。以上で了也さんの誕生日パーティは終了となります。これから、駅前の居酒屋で忘年会を行います。和樹さんの奢りらしいですから、是非参加してください」 皆からワーと拍手が起こる。 「洸くんと了也さんは、後で合流できるといいですけど、留守番のほうがいいのかな?」 助っ人たちは、俺と洸に「お疲れ様、よいお年を」と口々に声を掛けつつ、早く二人にしてくれようと玄関へと向かっていった。

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